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無事卒業できました!!!

卒業しました

この3月、ついに2年間の学生生活を終えて、晴れて保育士と幼稚園教諭2種の資格を取得し保育の専門学校を卒業することができました。

もうこの先、このような衣装で着飾ることはないだろうと思い、去年の暮れに行きつけの美容院に予約し、袴を身に着けて式に臨みました。

体もメンタルも患うことなく、全5回の幼・保・乳児院施設での実習も含む、学びのカリキュラムをストレートでクリアし、卒業できることになったことは、最大の目標だったから本当にホッとしたし、嬉しくてありがたくて感慨無量です。
そして、できれば休まず通いたいと心に秘めていたのですが、本当に「無遅刻無欠席!!!」の皆勤賞でした。

そして、入学した時に祝ってくれるというありがたい友人達に、敢えて、
「2年間エネルギーが持続できるかどうか未知なることは分からないから、無事資格を得て卒業できたらお祝いして!!!」
と、頼んでたのだけれど、友人たちはそれを実行してあちこちで祝ってくれたのです。
ずっと一番仲良くしてる一人は、我が家に泊りがけで上京してくれて、式に付き添い見届けてくれたのです。

式前日に知らされたのですが、私が代表で校長先生から卒業証書を受け取るお役目を担い、「皆勤賞」に加えて、「優秀賞」も頂くことができました。
それを知らせると、参列を予定に入れてなかった娘も、当日会議を一時抜けて見届けてくれたのでした。

二周目の人生を、こんなに晴れやかで、ありがたいスタートを切れる幸せを感謝しています。
神様っているのかしら???なんて涙に濡れる辛い時期もあったけれど、自分の力で生きていこうと決断したからには、一つづつ一つづつ乗り越えながら耐えてきた私に、毎日祈っている心が通じたのかしらなどと思うくらい、幸せで、
やっぱり神様っている!!!と思える出来事です。


親の様にいつも見守って下さっている、初めての社会人として就職した時からのありがたい大先輩夫婦にも、愛知県までお礼に行きました。お二人は、95歳と93歳になられていて、今尚仲睦まじく、近くに住む娘さんの助けを借りながらも、お元気でいて下さることも嬉しいことです。手紙にも返事を下さったり、95歳の旦那様の方は、耳も補聴器無し、目もメガネ無しで、話を聞いて下さり、卒業証書と成績表を見て喜んで下さったのです。


4月から区立保育園の非常勤保育士として仕事が始まります!!!
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人気沸騰”ラグビー”

ラグビーのワールドカップがアツイ
あまりルールも知らないし、興味も薄く、私がテレビ観戦するとは思ってなかった。
南アフリカに勝ったのは、奇跡的な事とメディアが大々的に取り上げているのを知って、ミーハー的性格の私としては、(どういうこっちゃ!?)と思い、報道記事を読み、ラグビーを知ってる飲み友達に聞いてみたりして、時間差がありながら嬉しくなっている。そして、国民的ヒーローになった「五郎丸」さんをカッコイイなんて思ってる。

 遅いっちゅうの!!!
 実は、トヨタに勤めていたOL時代。トヨタはラグビーが強くて(今もだそうです)、観戦のチャンスは数えきれない程あった。職場には現役、OBも含めてラグビー部員が3、4人いて皆ガッチリ逞しいから目立ってはいた。けれど、私としては、野球部のHさんが格好好いと思ってたくらいで、ラグビー部の人達をステキ~など思わず、試合も本社エリア内にあるグラウンドである時は、お義理や賑やかし気分での応援に行った。熱心な応援者でなく、ルールも覚えられないまま今に至っている。
 
 子育て時代にレッスンに通った整美体操の先生が、ラグビー大好き!
 「何と勿体ない!」と叱られんばかりに残念がられた。
 私が勤務してる頃、凄い選手がいたのだとこの方から聞いた。
 スクラム組む役と、走る人がいて、役割が違うらしいこともこの方が熱く語ってくれた。

それで謎が解けた!
仕事絡み、部活繋がりらしく職場に時々顔を見せる総務部の男性は、(本当にラグビー部?)と思う程普通にスタイルよくハンサム(今ならイケメン)がいた。
 ブームに乗って、学生時代ラグビーをした経験のある人達と飲みながら「サモア戦」をテレビ観戦した。場面ごとルールを教わりながら見られたので、楽しさ倍増だった。

 それにしても、何と男っぽいスポーツなんでしょう!!!
 抱えたボールを無理矢理もぎ取ろうと跳びかかられる!ぶつかっていく!ぶつかられる!ぐいぐい押し合いへし合いする。ボールは必ず後ろにパスしなければならないらしく、ボールの取り合いの時、相手の力でこぼれる時も前に転がっては反則だとか!
 五郎丸さんの蹴るボール。あの形ゆえどう飛んでいくのか計り知れないらしく、凄いテクニックと集中力の持ち主であって、あの見栄えの良さと相まって人気者になる要素満載なのですって!!!

 スターが出る!!!!!ってそのスポーツを広く知ってもらうのにとても大事必要。
 5年後に日本が開催国になるってことで、良い兆し!!!
 
  そう言えば、あのたおやかで、上品な吉永小百合さんはラグビーの大ファンだと聞いている。試合観戦にも出かけられるらしく、とても勇ましい応援ぶりだと聞いたことがある。
            初めての”3勝”
きっと、今回の日本勢の大活躍をとても喜んでいらっしゃると思う。
応援素人の私でさえ何だかすごーくすごーく嬉しいんだから。


追伸
 何十年か前になるが、社会人優勝チームのトヨタと学生日本一の慶応が、日本一をかけて戦った時、慶応は「上田監督」で、トヨタは早稲田出身の方(お名前を忘れてます。ごめんなさい)だった。
 上田監督が今年亡くなられたということを、新聞で知って、かつてそんなことがあったなーなんて、思い出していた。
 そんな頃、空が広がって見える好きな場所だから、毎朝立ち寄る教会の入口に、クリスチャンネームと共に上田監督のお名前が書かれていた。
名前を読んだすぐには、今日ここで大きいお葬式があるんだと思っただけだった。
広場に入ると、「ラグビー関係者」という札が受付に貼ってあり分かった。
上田監督はクリスチャンだったのかー!?盛大に送られるんだなー!などと思って、直接は知らない方ながら、心の内でそっとてを合わせた。

 今回のことがあって、又上田監督の事思い出した。
きっと、天の国から応援されてたんだろうなって!
もっと生きて日本の活躍をみたかっただろうなって!

二年生になりました!

 この4月の2日から学校が始まり、2年生になりました。
 入学が決まった昨年、お祝いをしてくれるという友人達に、2年間やり通せるかどうかわからないから、無事卒業できたら祝って!!!とお願いしている。

 「1年が経つのは早かった」と、言えばいえるが、楽しい事も辛い事も含めて、初体験の事柄もたくさんあって、中身の厚い濃い1年間だった。
何が不安かというと、『体の健康維持』
若くないということは、この事が一番の心配事である。

『精神的には大丈夫』と、言えそう。
同世代だったら、この状況辛いだろうなと感じた事はたくさんある。
何しろ女子校。これも初体験。

仲間外れ辛いよ。
 でも、初めからジェネレーションギャップあって当然。分かってもらえない事、分からない事いっぱいあるでしょうから、一人孤立も仕方ないと思って臨んだ。
それでも、その時、同空間にいるのはあんまり気分の良いものではない。

 例えば、学校と駅までの行き帰り道、仲良し組と同じ道を歩く事になった時。
知らない人達ではないから、黙りこくって歩くのも嫌だし、急いでる訳でもないのに追い越しちゃうのもどうだろう?なんて、どうでもいい事で考えることになる。
 一応、差しさわりの無い事や、学校での出来事など話しかけてみたりする。こんな時社交辞令的であってもいいのに、自分達の空間に入れようとしない。
 誰とでも通じるその場の話題に付き合えるのも、大人として必要な要素と思う。
 又子ども達の保護者の方々」と話すこともあるのだから、ちょっとした社会勉強と思うが、受け入れない二人組がいて、この二人の事は諦めた。
 様子を見て、少し距離をおくか、「お先にね」と、ひと声掛けて追い越すことにした。
 
お昼お弁当の時間
 誰彼となく、窓側に7~8人くらいが給食時間の時の様に机を向かい合わせにして、食べる様になった。
煮物など多めに作って持って行くこともあるし、お菓子が回ってくることもある。
好い感じで過ごしていたが、決まった少人数で固まりたがる強い勢力が発生して、お隣さんを決めてしまい、どう並んでも構わなかった頃の愉しさは消えた。

 何かあれば声掛けあっていると思っていた(40代以上)おねえさん仲間がある。どうもその内の一人の彼女が仕切ると、私は除外されているように感じることがある。
 ピアノ試験前、ホールのグランドピアノが、3人以上でのグループ申込みをすれば借りられるので、声を掛け合って練習グループを作るのだが、この頃までは何かといつも声掛けてくれてたKさんが、○○様と言ってアガメテル?この彼女とぴったり状態になってから、声掛けてくれなくなってしまった。
 ピアノのグループレッスンの人達に「練習しよう!」と声をかけたが良い返事がなく諦めてたら、他の人から、直前に「今日練習するよ」と聞いて、行ってみたら二人はしっかり存在してた。
 一週間の期末試験が終わった時のランチも、当然誘われてると思ってたらしい他の人から「今日行くでしょ!?」と誘われて、じゃあと行ってみたらこの二人は既にいた。
こんな事がちょくちょく起きる様になった。
 群れるのはあまり好まないが、その場の雰囲気が楽しくありたいので、人にバリアを作らないようにしていると思っているのに、やりにくい雰囲気になることがある。

 あんまり気分の良い事でないこともあるが、そんな時は、学校に通って学んでいてステキと思う事に考えを持って行くようにし、引きずらないようにしてきた。

 どこに行ってもチョイと意地悪な人はいるし、わざと群れて仲間外れにしたがりの人もいる。自分がそうでない人になればいい。と思えるのもいっぱい人生を過ごしてきたからで、若かったら違うかもと思う。

 勿論楽しい有意義な事の方がたくさんあるから、全体として貴重な学生生活を心からありがたく思い、幸せなことと思っている。
 辛く厳しい3つの実習をクリアして、一年間は無遅刻無欠席で通せた。

 二年生の今年も病気をしないで、怪我をしないで、家族に辛いことが起きない様に、無事に過ごせる様に願っている。
 今年は2つ実習があって、これをこなせば完了となる。

 無事卒業して、得られた資格を生かして仕事ができることを祈って、新年度が始まった。

『神様お願いです』私のこの願い叶えて下さいませという心境です。

今年の目標年賀状

2015 未・年賀状


去年は、気持ちはあったのですが、なかなか書けなくってご無沙汰ばかりで残念でした。
それなのに、毎日の様に訪問して下さる方があったり、毎日何人かの方々が見て下さってるのを知って、嬉しい気持ちになって、書こうかなーって思いながら、今日の日が終わってしまいそうな時間になってしまうのです。

毎日、若い人達と一緒に授業を受け、試験を受け、実習をして・・・と、容赦ないので、健康の為、その日のうちに布団に入るのを目標にしているのです。

4日で9日間の冬休みが終わり、各教科の後期試験、ピアノ(これが大苦労。右と左の連携がすこぶる悪くて、大変たらありません。初心者と言ってても若い人は弾けるようになるのが早い!)演奏も。

終わるとすぐ幼稚園実習(今回はピアノも引かねばならない!・・・うぅーん・・・)
現在、私には『音楽の神様』に見える先生が、特訓して下さり、易しくなってる楽譜を更に左手を優しくしてくださったというのに(トホホ状態です)
何しろ、私が頑張って練習して、物にするしかないのですから!!!
先生に、間違えずに弾けるようになって、恩返ししたい気持ちは抱えきれないくらいあるのです!が・・・

一週間空けて、次は保育園実習が待ってます。
心の準備だけでなく、遊びの中から学びを生み出せる様な遊びを準備しなきゃと思うと、うぅーん忙しい!!!

充実した毎日です。

「祭り」は見るより参加だね!

今年は『お祭り』に縁があった。
去年までは、参加する伝手も、方法も知らずただの見物人だったというのに。

きっかけは、去年の、もう秋祭りの時期も過ぎた11月頃。
「手話教室」の仲間達とのお喋りから。
私が、「お祭りの装束が格好良くて、憧れている」と、話したところ、
一人のお姐さんが「いっぱい持ってるから着させてあげる」と言ってくれて、
今年の秋祭りには、”粋”な格好をさせて貰えることになった。

初めての祭りへの参加になる!
一年前から、楽しみに待つことになった。

すると、今年の夏。
学校に「高円寺阿波踊り」ボランティアの募集があって、教務の先生からお誘いを受けた。
お祭り好きの私にはもってこいのお手伝い!と参加を決めた。
この祭りは有名だから前から知ってはいたけれど、住まいからは近くないし、
人出が凄いんだろうと予想できたから、生で見物した事も無かった。

多少障害のあるお祭りが好きな陽気な人達と、お互いが迷子にならない様見守りながら踊り歩く楽しいものだった。
お蔭で、地域的にはちょいとよそ者が、いきなり祭りに参加できたってわけ。
さすが、伝統もある大きい祭りらしく、見物人がいっぱいだった。
商店街の路地風道路では、飲んでる人のジョッキに手が届きそうなくらい、踊り手と見物人が近かった。
近くには『歌舞伎連』やら、『天狗連』とか、衣装も化粧も粋に決まって、踊りもばっちりって感じのグループが躍っていて、盛り上がる。

杉並の方達が、フレンドリーなのか、理解がある方が多い地域なのか、私達の『連』には、笑顔で声援してくれる人達がいっぱいいて、思わず「ありがとう!!!」なんて言いながら、多分所作は決まっちゃいないんだろうけど、気分良く踊り歩いた。
祭りは見るんじゃなくて、参加してこそ元気になる事が良く分かった。

一緒に参加された二人の先生と、学生3人(私も学生組です)と卒業生の一人、『連』についてビデオを回して下さった先生がいらして、盛り上がり会と相成った。
学生二人はまだ10代(若いねー!)散会にしようとしたら、一緒に盛り上がりたいというので、彼女らは「ジュース」で乾杯。
学校の先生だから、もしもうっかりってことをしてしまって、ばれたりしたら、御咎めは一社会人の何十倍にもなってしまうでしょうから、ここは諦めて貰った。

思わぬ楽しい「祭り」に参加できた今年夏となった。

そして9月
今の私にとっての地元の秋祭り。
これも、子どもの頃から地元の人とは違い、よそ者なので、どう参加するのか術がわからず、ずっと見物人だった。

去年12月に隣組の行事として、「寄席見物」が計画されていた。「落語聞きたい!行きたい!」
けど、自分達が対象になるのかわからない。
問い合わせてみた。
OKだったから、参加した。
昔から関係の有った人達のコミュニティーができあがっていて、新人入会という雰囲気になった。
足許が心配くらいな方もいらして、フットワークよろしく動ける人を募っているらしく、まだまだ動けそうな私は、いつの間にか準役員になっていた。
それで、新年会、春の宴などお誘いがあって、お祭りは事前準備から駆り出されて、いかにも急にお祭り要員となった次第。

土日共、お手伝いがあって、初めて太鼓を叩きながら町内を練り歩く経験もしたのだった。
学校では「最年長」だけど、ここでは「若手」なんですって!
若手はこっち手伝って!!!と言われた。

そして、9月最終週の土・日曜日
後期試験の真っ最中だけど、祭りは去年から予約してることだから、こっちが優先。
とはいえ、さすがに日曜はパスして土曜日だけにした。
件のお祭り地域の、祭り装束着けて参加。
初めての「パッチ」・・・さて、穿き方がわかりません。
口紅は赤くくっきりさせて!と、「赤い紅」を貸して貰って、
袢纏は片袖脱いで、腰に挟み、足には足袋はいて、雪駄をはいて
すっかりお姐さんにお願いしてしまった。
神輿も担がせてもらったが、これ又担ぎ方の手がある事を知った。
祭りにはいろんな決め事があるものだ。だからこそ『粋』なのかしら?

そんなことで、今年一気におまつりに参加した私であった。
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