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『しあわせ』って!?

このところ、書き込みが間遠くなってしまっていて、気付くと、1か月以上更新無いと貼りつく広告がくっついてしまってる。
それなのに、毎日どなたかが訪問して下さってるとはありがたく、書かなきゃと励まされてる私です。感謝


悶々としてることがあった。

昨年の5月から毎週木曜日の夜、通算40回の手話初級講習会がこの度修了となった。
時々サークルにも顔を出したりして、手話が必要な人達と交流する機会をもてるようになった。
指文字は、初めて『ひらがな』を読み始めた幼い子供の、たどたどしい雨だれ読みにも似た表現がやっと。
使いこなしてる人達のは、早くて読み取れない。
それでも、一つづつ少しづつ分かるのが嬉しくて通った。

『夜の部』は、仕事や学校を終えてからだから、忙しく参加して忙しく帰る人達が多い。
40人で始まったが、毎回顔を合わせられない人、途中で止めてしまった人もいた。
講師先生の配慮で、時々クラス内の席替えをして、なるべくたくさんの人達と隣同志になって、親交できる様にして下さったから、全員何となく知りあいにはなれた。
何回かは、講習終了の9時から、交流会という「飲み食べ会」もしたが、なかなか参加できない人もいて、何人かは顔と名前が一致しない状況で修了となった。

講師先生もお勤めがあり、仕事終了後教えに駆け付けてくださるという忙しい方。
それでも、毎回の資料を作り、私が早めに出向いても、すでにサブ講師先生と教室の仕度万端整えて下さってた。
聾の方がサブ講師で付いて下さり、この方は写真撮影のベテランで、いろんなコンクールでいくつもの賞を取ってるくらいの腕前!
昨年秋には、「NHK みんなの手話」の早瀬憲太郎先生がお話に来て、交流会にも参加して下さるという、すごい光栄なことがあった。
その時の集合写真を、サブ講師先生が、私達受講生にプレゼントして下さった。
講師先生も教えて下さるありがたい方なのに、クリスマスなど、折々に自前でお菓子を持参して下さったり、本来教わる側がするはずの事を、先に気遣ってくださった。

最後に私達から、お礼の気持ちをプレゼントしたいと強く思ったから、若い人達に主導する様頼んでみたが、慣れてないのか?やり方がわからないのか?
これはだめだった。

結局、講師先生と同年で、東京オリンピックの年が誕生年という男性が、万事を進めて下さり、貼れるシールを渡して、次の会までにコメントを書いて持ってきてもらい、真ん中に集合写真のコピーを配置した色紙に貼って、仕上げて渡す事が出来た。
私は一人一人に同意を確認しながら協賛金を集めて回った。
お花は、花屋さんに知り合いがいるという、これまた私より年配の方が調達して下さった。

私は独自で、みんなの名前と顔が一致できるようにと思い、集合写真をイラストにして胴体部分に名前を書きこんだものをつくってみた。
それぞれの分をコピーして持参したかったが、2,3人の名前がわからないのと、一枚印刷した所で、インクが一色切れていると表示され、じゃあと、黒印刷に切り替えたのに動かない。原紙を持参した。
みんな「欲しい!」と言って、喜んでくれた。
中には、「どんな仕事してるの?お金とれるんじゃない!」と、破格のリップサービスまで添えてくれる人もいて、お世辞100%と分かっていても、ちょいと良い気分だった。
それで、交流会の場所に移動途中、コンビニでコピーすることにした。
モノクロ10円なのに、カラーコピー1枚50円!!!高い!!!
コピーを付き合ってくれた人達が、せっかくだからカラーにしましょうということで、カラープリントして、欲しい人に渡す事になった。
そもそもは講師先生達に差し上げるつもりだったし、欲しい方にもあげようと思ったが、先生以外には集金しながら渡してくれたので、丸ごと私の負担にはならずに済んだ。

これで、良い気分のまま一件落着!といきたかった。

サークルで一緒になる方が、サークルの時にしてという。
もう一人の方は交流会には不参加だったが、欲しいとは言ってたので翌週持参した。
10円玉一つ渡された。
一応言ってみた
「カラーにしたら、1枚¥50もしたんでびっくりしたんだけどね」と。
すると、もう一人の人も「えー!?高い」
あげく、私の顔が似てないとか、だれそれさんはもっとこうだあーだ・・・とか。
「最初から欲しい方には差し上げるつもりだったんだから、よかったらどうぞ!」と、10円玉はお返しした。

私のイラストが、たいした物じゃないことくらい分かってます。
お金にならない事くらい自覚してます。
押し売りするつもりは全くもってございません。
写真に名前が書き込めないから、同じ配置で名前を付けて、ほとんどの人がこのまま『中級コース』のクラスメートとなるし、名前で呼び合える様にしたかっただけですから。

50円!別に儲けで付けた値段じゃない。コピー代のみ。

良かれと思って一応時間裂いて努力したことが、水の泡どころか、泥んこにされてしまった気分になっちゃった。

もうしない!!!!!
中級クラスが始まるまで会えないけど、欲しいからその時にと言って、コピーが間に合わず帰ってしまった人がいる。
頼まれたことに返事した以上、実行するのは当たり前と思っているから、この事忘れていない。
けど、またおんなじ様な思いをするかもしれないと考えてしまう。

こんな思いすることが、実は時々ある。
誠実!正直!真面目!あーやだやだ・・・
でも、植えつけられて、成長してる今さら抜けられない。
言ってしまった事を、やらずにいると約束破りしたようなイヤーな気分になってしまう。
その上、目の前で起きてることに、目を外せない。
以前、電車内で、一乗客の女性の乗り込み方が悪いかったということで、「ブスのくせに・・・」と許しがたい暴言を吐くクソおやじがいた。どうみても、このおやじが勝手に機嫌悪いだけ。うっぷん晴らしの犠牲にされた不幸に遭遇したこの若い方。大衆の面前で心傷ついてるのが見えるのに、何にもできなかった自分を、今も時々苦々しく思い出す。

あーあ・・・めんどくさい性分。
親切の度が過ぎてる???ただのおせっかいレベル???

あーあ、やんなきゃ良かった。
こんな気分がこのところ心の澱になって、消化しきれないでいた。

さて、先日の朝ウォーキングでの事。
ついさっきまで傘が無くてもいけそうなミスト状態から、小さいけれど雨粒状に変わり、濡れて歩くにはやっかいな雨模様。
地下鉄を出たら雨になってた!って風で、傘がなくハンカチを頭に被せて急いでる女性が目の先にいる。
小走りして「途中までだけでも良かったら」と、傘を差し掛けると、
「あー嬉しい。今日は一日良い日になりそうです」と柔らかいけど、しっかりした声で言われた。
このような言葉でお礼を言われた私も、とても良い気分になった。

『しあわせ』って、
貰うものじゃなくて、感じるものかもしれないって思う。

「しあわせ」とか「ありがたい」とか、同じことに出会っても、同じことをして貰っても、自分に感じる心を持ち合わせてなければ、無き事ですもんね。

できるだけ、お節介にならない様に。
気が付いたんなら、そして、できる状況なら、する方がいいに違いない。

伝わる人もたくさんいるはず。
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他人との付き合い方・・・永遠のテーマ

他人っていったい???

自分と、共有してる空間にいる人が不機嫌なのが嫌!
争う事はもっと嫌!!!

だからか?癖というのか、習慣になってるかも
初対面でも、少しの知り合いでも、こちらから話す時は笑顔を添えて話す
相手が気に障らないよう言葉を探して話し相手の話に耳を傾けるようにする
これって特別でなく、大人のエチケットなんだと思ってる。
私からみても、こういう人とは話にはいりやすい。

多分、私の第一印象は悪くないはず。
そして、険悪な雰囲気になることは少ない。

が、私が有名人でなく、著名な人でもなく、市井に生きるただのおばはん。
(『ただのおばはん』になってしまいたくないと、私なりの努力をしているが、見た目はそれそのものなんだよなー?きっと)
近づきやすいらしい?
こいつは私の事気に入ってるな!
私の話を肯定してるな!などと、思われてしまうこともあるようなのだ。
(あなた勘違いだよ!)といいたくなる相手に出会う事が時にある。

勝手にズカズカと入り込んでくるような事を言ったり、したりする人がいる。

当たり前の事なんだけど、目上の方(というか、歳上の方)には特に気を付けて話をさせて頂くようにしてる。
すると、自分の思うように動く奴。言う事を聞く奴。
などと、取り違えてしまうらしい人がいる。

何言っても許されると思われてる?
何頼んでもやってくれるはずと思われてる?
いいや、気軽に結構面倒な事を当たり前にやらせようとする人さえいて、自分の思い通りに私が動かないと、機嫌をそこねて怒り出す人にも出会う。
こんな人は、「自分を省みる」という観念はないらしく、私を、直接や、陰口で口撃してくる。
こんな人は、だいたい自分の事を棚に上げて、他人批判をすることが多いので、すぐわかる。
(あーこうして、気に入らないと悪口言って他人を悪者に仕立てるんだなー)と。

されげなく距離をとって退散するとか、深入りしない様に注意するんだけれど、
『ノー』と言うのが超下手(トホホ)
自分から「あなたとお話したくありません。」と、はっきり言えない。
そういうあからさまな態度がとれない。
これが、相手を誤解させてしまうのかしら?

なんなんでしょう???

親しき仲にも礼儀あり!でしょ。と思う。
はい!だからこそ、勿論人格的にわきまえてる人たちにも、いっぱい出会っています。

本当に親しく、嬉しい仲間達と話してる時は、自然にお腹の中から喜んで、お喋りしてます。
だから、私ばかりが問題人間というのではないと思うのです。
少なくとも私は断じて『八方美人』ではないと思ってます。

この複雑な社会で、仕事をしてる以上、社交辞令は言います
でも、自分の信念は強く持ってるので、どうしても同調できないことには、はっきり『ノー』と言います
それが元で、仲間内からは、『世渡り下手』と言われ、『サラリーマンになれない人だね』と笑われながらも、こんな私を知ってくれてる気の置けない人達は、長く付き合ってくれてます。

以前書き込んだ同じご近所サークルで知り合う事となった『77歳女史』は、最たる自分勝手でわがままの極みの様な人だった。
ありがたい事に、自分から勝手に怒って罵詈雑言を口にして、私から立去ってくれた。

私が兄の見舞いで、一週間ほど留守をした時に、私に何やらさせたいことがあって、三度くらい電話をかけてきたらしく、「電話頂戴」と留守電がはいっていた。
けれど、帰宅早々孫の保育園のお迎えがあり、そのまま我が家で預かることになってて、すぐ電話しなかった。
だって、いつも長ーい長ーい電話なんだから。

冬の寒い時期であり、風呂に入れようと衣類を脱がせている時電話が鳴った。
娘から何か急ぎの電話かと思い、出た!すると、(しまった!!!)件の女史だった。
「今、手が離せないから、明日電話させて下さい」と言ったら、さー怒って、怒り狂ってしまった。
朝電話しても出ない。昼ごろも出ない。
(勝手にかなり怒ってるな)とは思ったが、午後一緒の会合に出たら、すごい顔で睨んできて、皆の前でもわざとつっかかってきた。

勝手に気に入ってくれてたらしいこの人が「コーチしてあげるから入んなさい」と、声掛けてきて、全く苦手と言っていい『卓球』ではあったが、これも苦手を克服のチャンスなのかも!?と、始めた。
ここでは『卓球サークル』を、立ち上げたという自負から(これも本人が吹聴してるだけかも?)、女王様的な振る舞い。
逆らうと面倒なので、実際のコーチや、会長も誰もこの人に物申すひとがいない。
心から奉ってるでなく、みんな困ってるのが新入りの私にもわかるのに、本人だけが分からない。
こんな人は、私の方から願い下げなんてことしたら、どれだけ悪口言われることか想像の域を出る。

長の電話でしょっちゅう、気に入らない人の悪口、何度も何度も聞かされましたから。
その時だって、私は「そうなんですか。」「この前もそう言ってらっしゃいましたね」などと、相槌打っただけで、重ねて悪口の増長を諮る様な事はしなかったのに、繰り返し他人の悪口いうことで、自分に酔ってるのか、切ってもらうきっかけを探すのに苦労した。

卓球サークルも辞めようと思ったけれど、私が悪い事したわけじゃなし、こんな人と争って辞めるってのも大人げないと、その後も二,三回行った。
すると、下手なのをわざとけなす。
上手な先輩達が相手をして下さろうと声かけてくると「この人に関わらなくてもいい。自分達の練習しなさい」と遮る。
片づけを手伝っていると邪魔をしてきて挙句、「そんなところにボサっと立ってない!」と怒鳴る。

三度目に「お世話になりました」と、御挨拶しました。
勿論「みなさんでどうぞ。」と、箱菓子も持参しました。
安い会費でしたし、先払いしてたけれど返してなんて、勿論言いませんでした。
それでも、悪者は私になるのは承知の上でした。

ただ、こんな事のあった頃、我が家から少しだけ遠い場所に引っ越されてたので、もう押しかけられることはなくなったのと、出会った時のサークルにもあまり顔を出されなくなり、女王でいられる『卓球』一本で頑張っているらしく、めでたしめでたしの結末でした。

昨日今日の他人と親しくするのが、とっても面倒になったのは確かです。
一人暮らしの(自分よりは)お年寄りに、できるお手伝いはして差し上げようという気持ちからの付き合いだったけれど、わがままを増長させてしまっただけの、にがい経験となりました。

積極的に人に近づくのは控えていても、所詮は『人が好き』らしく、こちらから誘うわけではないけれど、近づいてくる人もある。

それだから、気持ちよく話ができる人にも出会えてるんだけど・・・

この夏、又面倒な人出現。
同じマンションの人で、一緒の年回りで役員をした。
あいさつは勿論するし、ちょっと立ち話もするし、御主人が丹精されてる家庭菜園の野菜をいただいた事もある。
多分、定年になり、お仕事が毎日ではなくなって時間が出来たのだと思うけれど、マンション一斉の排水管掃除の日、在宅が分かったからか、お茶に誘って下さりお部屋にお邪魔した。

まあ楽しくお喋りをして過ごしたのです。
「時々はご一緒しましょぅね」ということにもなりました。
「今度の『マンションの総会』には、提案したいことがあるから、あなたも出席してね」と言われ、内容的にも同感だったから、行きましょう!ということになったのです。

後日、お礼の気持ちもあって、旅行のみやげをお持ちした。
すると、翌日「後で分かって、双方嫌な思いをしたくないから」と、宗教なのか?、思想的な組織なのか?に入っているからと、会報誌をもって告げに来られた。

誘われてる訳で無し、私としては同意できない事に興味もないので、特定の宗教思想があっても、それが理由で避ける気持ちは全くないので、「あーそうなんですか」と、普通に頂いておいた。

べったり付き合うのは苦手だし、この方はご主人様もご健在でいらして、近頃結婚されたというお嬢さんは専業主婦。至近距離にお住まいでもあって、しょっちゅう行ったり来たりと聞いてたし、適当に距離はとるのがエチケットってもんでしょ!と思うので、特に声掛ける行事もなかったし、私も仕事、彼女もすっかり引退じゃなく仕事していらっしゃるって言ってたし。
暫し時間が空きました。

孫に付き合った夏休みラジオ体操会場ででバッタリ会って、朝のご挨拶したところ、大人げなくプイと知らんぷりして、さっさと帰ってしまったので驚いた。
でも、何怒っているのかさっぱりわからない。
二度目も知らんぷりされちゃった。

そしてなんと、先週の『マンションの総会』
インタホン鳴らして、声もかけたけれど、出ない。
あんなに意気込んでいたのは彼女。先に行ったかと、会場に行ったが、来てない。
結局欠席だった。

「どうされました?」と、メモ郵便受けに入れたけれど返事無し。
大の大人が、こういう事するっていう心理がわからない。

今週火曜日、朝ウォーキングで、正面からバッタリだったから、手を振って挨拶した。
「総会いらっしゃらなかったけど、何かあったのですか?声おかけしたんですよ」と言うと、「いろいろ忙しくて」と言う。
「ラジオ体操の朝のこともあったから、何か怒らせてしまううな事してしまったかしら?と気になってたんですよ。」というと、
「目が悪いんで」って。

(こんなに至近距離で見えないならメガネかけるでしょ)と思いつつ、
これが返事なのでしょう。
どうも、思い当たるとすれば、お宅にお呼ばれした時、すぐ我が家にお招きしなければいけなかったのかな?とも思うが・・・
実はわかりません。


もう、行ったり来たりすることは無いと思うが、勝手に近づいてきて、勝手に怒っているってどういうこと???
(怒りたいのは私でしょ!)と思うが、こういう種類の人に抗議するのは被害拡大させるだけとおもう。ほっておくしか手段無し。
同じマンションで、面倒やなーと思うこの頃。


あー又もや・・・
とはいえ、深刻ではないけれど・・・

今「ベビーシッター」の派遣で「幼児保育施設」にて、パートで保育補助の仕事中。
系列の所がいくつかあって、一か所とは限らないので、困った人にも、その場所のその時間帯での遭遇だけではある。

長時間働いてるらしいが、ドデンと重そうな体を機敏に動かすことは無く、そのくせ人に指示はする。
「シフトたっぷり入れられて、休憩も満足に取れない」と、誰彼となく愚痴ってる。
(これも、自分から申し入れれば減らすことは可能)

まず、みるからに苦手タイプ。
キッチンの仕事で一緒だったことのある、意地悪の極みのようなA女史。
上司にこっそり、ある事ない事同僚の悪口を、陰で叩くのが大好きで、これが、又本当にあったように作り話まで加えてうまい事言うらしく、愚かな上司達は、瞬く間にダメ人間と化していった。
体型そっくり。
悪口言う為にあるような、不機嫌に下がった口角も、同じものを感じる。

この人が近付いてくる!
同僚(一緒の役割で仕事してる同志)のだれそれと名前入りで、悪く告げ口をしてくる

「私、まだ皆さんのお顔とお名前がわかってないんですよ」と逃げる。
(あんたが一番働いてない!!!)と、しっかりわかってる。
この人と、施設内最後の掃除を組んだ時は、腹立ち心頭だった。

職員室の職員に、さも仕事への提案をするふりして、二人でしなきゃならない片づけから逃げた。
掃除機かけてる私に、「そんなにしっかりやらんでいい。ごまかしてる人はいっぱいいるんだから」
(それはおまえだろ!いらんお世話!!やるからにはきれいにしたいんじゃ!!!)

たまたま、この人が自宅まで送迎した幼児を、私が朝迎えに行くことになった。親切ぶって「ここじゃ誰も教えてくれないんで、自分で地図で行ったけれど、教えてあげる」ときた。
まあ、行ったことある人に様子を尋ねる方が賢明と教わった。
教わる側のエチケットとして、「良く分かりました。行けそうです。ありがとうございました。」と、丁重にお礼申し上げた。

これが気に入ったらしい。
(当たり前の対応しただけじゃん)
このことから、「どうだった?私の説明で行けた?」などと聞いてくる。
たまたま直前キャンセルになり行かなかったので、その旨伝えた。のに、3度くらい聞いてきた。
更衣室で一緒になると、(そのままあんたにお返しするよ!)という様な、他の人の悪口をこそこそ言ってくる。

地声の大きい私は、ひそひそ話ができない。心情的にもダメ。

幼児のお世話中にも、「ほら、あの人のやり方がどうのこうの」と言ってくる。
これには返事しない。だって、子供達の相手をしてる最中だもん。

13日の金曜日
(と言っても、事件が起きたってわけではない)

更衣室で着替え中。朝から入ってたスタッフが休憩らしく、私に名指しで挨拶してくれた。私もあいさつの言葉を交わして、仕事に入る体制をとった。
すると、「ほら、○○先生はあなたには名前を言って挨拶したのに、私のことは無視したでしょ。意地悪なんだから」ときた。
私が名指しだったことさえ、気付かなかった。
「そうでしたか?二人に一緒にしたおつもりじゃないんですか?」と答えておいた。

(あんた、それって○○さんが悪いんじゃなくて、自分の普段の言動がそうさせてるんだよ!!!」)と言ってやりたかった。
が、今の所言えない。
こういう輩は、本当の事を指摘されると怒り、言った相手を罵り、人前でも泣きわめく可能性さえある。
私の最も嫌いとしてる事を身につけているようなこの人に、気に入られるのはまずい。

ここでは『貝』になるしかない!

敢えて伝えたい『感謝』

友達ってありがたい
きっと、誰しもそう思ってると思う。
四六時中24時間感じてるわけではないけれど、時にふれ折りに触れ、心からありがたく嬉しく思う時がある。
友人とは、自分達の意志でお互いが大切に作り上げた関係だから、生まれた時からの必然的な肉親家族との人間関係とは違うものがある。

人と人が、コミュニケーションをとりあえるのが幸せと感じてる。
コミュニケーションを取り合うから、友人関係が深まるって事もある。
”一人で生れ出て一人で死んでいく”のが人間だから、所詮一人なんだと言われたことがある。
(そうか?そうかもしれない!)なんて思ったりしたこともあるが・・・
一緒に行動していて、気持ちが楽でいられる人間関係がある!って凄い幸せな事と、若い頃よりずっと強く感じるこの頃。

思い返せば随分と、元は他人だった人に助けられたり、反対に『ありがとう』を言って貰ったり。
死ぬ時は一人で良いけど、生きてる間は一人じゃ嫌だと強く思う。

友人宅に居候して、楽しく過ごすことができた今回の連休。
一番の友と思う。会社員時代、旦那様も同じサークル仲間だったのも幸いして、不自然な緊張感がないのもありがたい。
(私が勝手にリラックスしてるだけ・・・かな?)
そして友人夫婦がべたべたしてないけれど、仲がいいのがこれ又ありがたい!

お邪魔してる時、結構気合い入れて『じゃんけん』してるから、「何してんの?」って聞いたら
「お風呂掃除どっちがするか決めてるんだよ」だって。
「ぎゃー仲良しジャン!いいなー」って、思わず言っちゃった。
結局Mちゃんが負けたのに、旦那はんがやってた。これが又好い所。

一見、明るくって口達者なMちゃんが、家の中牛耳ってるように見えるが、違うんだなー。
私と一緒にお喋りして夜更かししてるのに、朝早い旦那様の出動に合わせて、早起きしてちゃんと送り出しをしてる。
余分な事言わない、どっちかと言えば口数の少ない旦那はんだから、口では強気な事言うMちゃんが勝ってる様に見えるけど、違うな!
さりげなく立てている。今は亡き旦那はんのご両親の事も、愚痴った事さえ無い。
「Mちゃんが好い人と結婚してくれて良かったよ!」なんて、自分勝手な発言をすると
「そうでしょ!ありがたいと思いなよね」と言いあえるなんてのも、私には嬉しい。

名バスガイドの姐さんとの家族同然の仲のきっかけは、今回聞いた。

☆ちょっと、話がそれますが、この人の凄い所是非人々に知らせたい思いにかられてます!
ベテランの名バスガイドさんの凄技!を初めて知りました。
昨年の『上高地』へのバス旅行の際、私達に向けて、今走ってる所の案内がとても上手で感心しきりだったのですが、同時に運転手さんにも道案内をしてたのですって。
(運転手さんが必ずしも道に詳しいとは限らないけれど、プライド高い人が多く、あからさまに道を案内しては機嫌を損ねてしまうことがあるらしく、お客様にガイドしてるように話しながら、運転手さんに確認をしてるのですって!!!)
何でもですが、プロの仕事って測り知れない凄さがあるのですね。☆


結婚した時の社宅が隣同士だったそうで、それからの付き合い。

お互いそれぞれの実家が遠いこともあって、助け合う事が多かったという。最初は玄関から出入りしたものの、いつの間にかベランダの仕切りは解放し、子育て時代は、赤ちゃんのお風呂は入れあったり、ご飯はあっちで食べたりこっちで食べたり。はじめての子供が生まれた時から、すでに兄弟がいるような環境の中で、子供同士も行き来して、家族の垣根のない、あったとしても、子供でも跨げてしまう位低かったんだと想像できる。

団地も一緒なのは、先に姐さんが決め、「おいでよ」と誘われて、これ又都合よく抽選に当たり、ずっと関係が続いてるってことだそうな。
双方の見せないさりげない気遣いや努力もあって、長い間ずっといい関係を保ってきてるんだと思う。

Mちゃんと姐さん、見ていてすごく自然にお互いの事言い合ってる。旦那はんがそこにいるのも自然。料理してる間、姐さんと旦那はんには先に飲んでてもらったり、そこに息子君が参入しても自然に会話が進む。

愛知に住んでた時は、私は車を運転してたから、少々離れた所に住んでいたけれど、ちょくちょくお邪魔してた。
子供達も『Mっちゃん』『Mりちゃん』と呼び合う私達と、同じ呼び方をしあって、なついてた頃もあったけれど、姐さん家族程ではなく、私も姐さんはMちゃんの大事な友達という、一つ間を置いた存在だった。
だから、今回の様にはるばる来たからって、忙しい身でありながら、時間を融通してドライブに誘いだして下さったことが、嬉しくてありがたくて、感謝感激中。
ちょっと間が縮まったと思ってもいいかしら?
住んでる距離は随分離れてしまった今だけど、私が居候してると、Mちゃん家の子供達は、きっと顔を出してくれる。
同居の息子君も話をしてくれる。
なんてありがたい事でしょう。

私が遠くに住むことになった時から、今もずっとずーっと欲しいものは、ドラえもんの『どこでもドア』

忙しくても、会おう!会いたい!と思える人が近くにいて欲しい。
近い距離には、そう思ってくれてる人がいる実感がないのが、寂しい。

寂しい時は、ちょっとした事でもとても愛おしい。
昨夜、愛知の恩人、親と同世代のT夫婦からお電話があった。
近くに住む娘さん家族のサポートがあるものの、お二人で助け合いながら、仲睦まじくお元気でいて下さる事が、まずは嬉しい。
私の人生で、結婚よりも何よりも、大きい苦痛を伴う決断をするに至った時、心から心配し、力になって下さり、励ましてもくれたし、泣かせても下さったありがたい人達。
この時は、心配のあまりからであるのはわかったが、ただ引き留め、思い直す様説得ばかりで、冷静に広い心で私の気持ちをきいてくれなかった今は亡き母よりは、ずっと素直に気持ちを吐露できて、どんなにか支えになった事かと思う。
具体的な応援もして下さった。

私には、思いもかけない、想像もできなかった人生の転機があったからこそ、こんな時、身内よりは、他人の信頼できる人の方がありがたいということがあることを知った。
恩返しには程遠いけれど、せめてもの気持ちで、こちらに住むようになってからはずっと『母の日』には、おばさんにありがとうの気持ちでお花を贈りつづけているのだが、それが届いたという電話だった。
おじさんは、92歳。
おばさんは、90歳。
このご夫婦もとても仲が良い。
おばさんは、私が愛知を去ってから、大きい病気を2回もされて、2回目は一ケ月もの間意識がなく、医師からは諦める様言われたという。お体が不自由になったところがたくさんあるけれど、それでもお元気な頃からの変わらぬ慈悲深い笑顔で迎えて下さる仏様の様な人。耳の聞こえが悪くなってからは、電話ではおじさんとやりとりをさせてもらってるんだけれど、そばにいらっしゃる息遣いがあって、「朗らかにやってるよ」と言われた。
おじさんのお声にも力が感じられ、体調を崩してはいらっしゃらない様で、嬉しかった。

あー、こうして私は、たくさんの人達に支えられながら生きてるんでしょうね。


フィギュア鈴木明子さんの『長久保コーチ』がステキ♡

フィギュアの鈴木明子さんの「長久保コーチ」が好い!!!
私が『こんな男性○○がステキ!』という発言をする度、「男の趣味が悪い!」と娘達からブーイングの目に合うのが常。
私としては口惜しい。
それで、何とか「うん!この人いいね!」と言わせたくて、主にブラウン管の中の男性から、いい男をリサーチしてる。
生身の人物には会った事無い人ばかりだから、双方言いたい放題できるわけだけれど。

ここ1.2.3年と、徐々に私の中で人気上昇中がこの方「長久保コーチ
趣味好いはず。と自信を持って発表。
すると娘は言い放った。「そんな人しらんわ」
『ほら、鈴木明子さんの拒食症を克服させて、こんにちにまで復活させた誠意ある紳士だよ』と説明すると、スマホでささっと写真を取り出して、「おっさんやん」ときた。
隣りにいたママ友は「髭がエロい感じ」と言う始末。
ちょうどショットが良くない静止写真が載っちゃっただけのこと。ひどいわー。髭好きではないが、この人だから似合ってるとさえ思っているのに・・・何という事を言うのよ(キッ)。
『フィギュアの大会のリンクサイドにいる彼を見てみてよ』と言っても、一向に賛同のかけらもない。
いいもの。私一人でも長久保コーチファンクラブ状態!

それにしても、我娘達の、私に対する口の悪い事。
野村萬斎さんがいいね!』と言うと、
「朝の連ドラ『あぐり』で『ケイスケさん』役の萬斎さんが大人気になってから、『好い!いい!』って言うのは人真似!だから、そりゃアウト」だって言うのです。
長女は「高校生の時、大河ドラマ『花の乱』で『細川勝元』を演じてる彼を、既に凄い!素晴らしい!と思い、大ファンになった」と、のたまった。
これについては、私に全く勝ち目なし。

うーん口惜しい。
阿部寛』さんがいい。と介護教室時代の昼休みに言うと、「えー!?あんな濃い人好みじゃない」と強く言う人がいたが、「好い」って賛同してくれた人なしだった。(しょんぼりだよ全く)
この時、若手では『市原隼人』がいい!って言うと、一様に「しらん」て言われた。

阿部寛』さんは背が高く、個性的で印象的な、深い人物の役回りが多くて、いい男!と、かなり根強く思っているのだ!!!いや、いたのだ!!!(なぜ過去形?)
ある日・・・デイサービスの利用者さんの一人が、「所長」のことを『阿部寛』に似てるって言ったのです。(そ、そんなおやめ下さいまし状態)
口には出せないが、あー、その日から、急激に熱が下がっていくのを感じ、複雑な思いになってしまったのです。
背が高くて、濃い感じは同系列と言えるかもしれないが、(あーダメダメ。止めてくれ)
だって、所長の事はまるで好みじゃないもの。
利用者さん達にも、所長にも、ここでは『阿部寛』さん好きって言ってなくて良かった。
それ以来『東京三菱UFJ銀行』のATMに行く度、壁に貼られてる彼を見ては、所長を思い出してしまい、(ぶるるっと、首を振りたくなって)迷惑をこうむっているのです。
が、発言の自由の世の中ですから、誰にも、何の罪も、落ち度もございません。
かくいう私も、こんなに自分本位な発言してるのですですから。(ホホホ)

市原隼人』さんは、目力があって、きりりとした眉も良い!
シャープな輪郭を感じる、男が惚れそうな男性だと思うんだけどなー。
この人どうでっしゃろか?趣味良い事ないですか?
どんどん活躍してくれる事を期待してまーす!!!

娘達が何と言おうと、今一番は「長久保コーチ
ジャンプの指導者としても日本屈指の方です。
メンタルで自分を持て余してる若者が多い今の世の中。精神面でのフォローも抜群の包容力ある方。
ブレイクして、私が録画してまで贔屓にしてる『徹子の部屋』に出てくれないかしら!!!
ナイス中高年の紳士代表として、マスコミに取り上げられないものかしら!
『ほら、私目が高いでしょ!』って言いたい!!!

「森三中:村上さん」あなたの怒りに同感です!

『さんまさん』のファンはやーめたと言いながら、『さんま御殿』は相変わらず見てる。
今週のテーマトークで、出演してた「森三中:村上さん」の発言に、私は同感しきりだった。

3人で飲んでる場に、「黒澤さん」が、自分の友人を連れてきて、一緒に飲食し、その払いを、当然の様に、3人で割り勘にしたという。
これは、「黒澤さん」が持つのが順当ではないか!というものだった。
「そう思う!!!」

なのに、後押し、同感的な意見がなく、彼女は「ケチだ。狭量だ!」という言われ方をされていた。
おーい、本当かい???自分が同じ様な体験した時、疑問持たないのか!?と不思議に思った。

一般ピープルとは、金銭感覚が違うのかもしれないけれど・・・
『さんまさん』は、お笑いの世界では、先輩が後輩におごるのは当たり前!になってるという。
それなら仕方ないし、彼ほどの大物が、ビンボーな若手芸人に御馳走するのは当たり前とも、当然とも思う。
芸人さんの世界は極端すぎて怖いと思ったのは、お金のない先輩芸人さんは、借りてでも後輩におごったり、小遣い渡したりする人さえあるという。こんな事には、全く同感できない。

でも、「ありがとう」は言わせてるでしょ!そして、言えない人間はダメでしょ?

村上さんに話を戻すと、その友人てのは、お金はなさそうだが、年上だという。
たとえ百円、二百円でも、出そうとしたなら、「今回はいいから」と、言ってあげられたかもしれないけれど、金ないから出さなくて当然的な態度で、「ありがとう」もなかったという。
これはないでしょ。
友人て人も、連れてきた黒沢さんも、私には信じがたい種類の人。

後ろの席で、熟女好きで売ってる「綾部」が、さかんに『村上さん』に「そんなことで怒らなくてもいいだろう」的な発言をしてるのが胡散臭かった。
本当に、このような常識無いことをされた時、(自分は潤ってるから振る舞ってやろう!)とおおらかにできるのかしら?
それとも、自分もごちそうになるのが当たり前になってる種類の人なのかしら?


似た様な経験あり。
共に職業訓練校で勉強したクラスでの集まりの一回目。参加すると返事があり、かの者は人数に入ってた。
その当日。学校時代に面倒見の良かった男性に「行きたいけどお金がない」と言ってきた。その人は自分で持ってやる謂れもないし、かといって参加したがってるのだから何とかしてやりたいとも思った様で、「どうしたものか?」と相談してきた。
「持ち金あるだけ払って、後は出世払いで」ってことにしたら、にこやかにやってきた。
ところがである!あろうことか?
さんざん飲んで食って(下品な言い方してゴメンです)黙って消えやがった。
件の彼にも、幹事の誰にも「ありがとう」の一言も無くです。

この事に怒った私に同感したのは、件の彼の奥様だけだった。
会計してくれた幹事さんは、皆さんから少し多めに頂いてる分で賄えたから、それ以上問題にしないことにしたい様だった。
職業訓練後、大方の人達が仕事に就き、自分の裁量で参加してるわけだ。彼は30代働き盛り。体は健康。この先の人生の方が長いはず。これが許されたら、これからだって当たり前の様に甘えるかもしれないという危惧を感じたし、大体、参加した人達だって、何故彼だけ特別扱いなのか?分からないでしょ。
こんな事知ったら面白くないはず。と思うと、とても後味が悪かった。

会う機会はなく、それでも黙っていられない私は「大人としてあり得ない事だ」と怒ってる理由説明した抗議メールを送った。「ゴメン」と、返事はあったが、その後は不参加。仕方ない。

その後も私の感覚では「常識でしょ!」と思う事が、なされないことが時にあり、「なんでやねん!!!」と疑問を呈するので、狭量と思われてしまったようだ。
他人の感覚を今さら変えられるわけないんだから、サラリと流すのが賢明なのかもしれない。そうでないと、「幹事」なんてしんどくてやってられないかもね。

人との距離の取り方がわからず、常に自問自答しています。
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