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ゴールデン連休第二弾

姐さん達との道行を振り返って、つくづくありがとうの気持ちに浸っています。

時は5月の4日、好い天気、今年の連休は5月というのに、やや肌寒い。

豊田市の山間部目指して車を走らせていると、新緑萌え出てる木々が、藤色の花房をいっぱいに身に絡ませている。
山藤が丁度花盛りなのです。
東京ではもうとっくに終わっていて、遅ればせでも咲いてる花は無しの状況だったので、まさか、こんなに見事に、たくさんの花房が、滝の様に咲き垂れているのを見られるなんて!!!

感激の声を上げてると、今度は早春の山間に咲く「山桜」が、あちらこちらで満開なのです。
ワーォ!!!桜なんて3月に咲き切って、八重桜も4月頭でおしまいになってしまったって言うのに・・・
5月に桜見ようと思ったら青森辺りまで行かなきゃ見られないでしょ?愛知県で見られるなんて。
嬉しい声を上げながら、国道153号線を走ったのです。

道の駅「どんぐりの里いなぶ」まで
連休の真っ最中とあって、駐車場がいっぱいの様。姐さん機転が利く人。
迷わず道の反対側にあるお寺さんの駐車スペースに、スルリと入れた。
「これは手を合わせて行かなきゃね」って事で、苔むした山門をくぐった。

ここは、「四国88ケ所巡り」ができるお寺さんだった。
本堂の脇から、背後に控えた小山に一番から八十八番までお地蔵様が祀られていて、順に手を合わせながら一巡りした。
どんぐりの里までは、たまに足を延ばしている二人も、このようなところがあるのを知らなかったと言う事で、ありがたいお詣りができた。ここのお山にも、山桜が枝いっぱいに花を咲かせていた。
ふもとには「シャクナゲ」のピンクが目に鮮やかに飛び込んできた。
初夏なのに春たけなわの様相。

道の駅にも立ち寄って、土地の物産を見て、少々買い物。
ガイドの姐さん、さすがお顔が広い!ここで、常連のお客様にバッタリお会いして声掛けられてる。
このお客様、友人のMちゃんを見て、「娘さん?」と言い放った。
姐さん、確かに私達よりやや年上ではあるが、私達は妹分という年頃。

この後の車の中はこの話でもちきり。
Mちゃんは大喜びしながらも、フォローもしなきゃ・・・なんて思ってると、さすが姐さん。自分から言った。
「あの人、『娘』って思ったんじゃなくて、『妹さん』て言うつもりが、言葉を間違って『娘さん』って言っちゃったんだよー」って。
そうかもしれないけど、このことをネタに漫談のような会話になって大笑い。
いいねー!食べて!喋って!笑って!
”3人寄ればかしましい”を地で行った愉快な道行なり。

「蕎麦」食べたい!ってことになったが、道の駅からすぐのそば屋さんは込み合ってる様子で、戻りながらどこかで食べようって事になった。
”行き当たりばったり”これが又、自由で嬉し旅。

姐さん「塩の道」をガイドしつつ、足助は「香嵐渓」に。
ここは、トヨタでの職場同期の友Yちゃんが、結婚してから住んでいる所!!!
電話した。ビックリさせてしまった。
サプライズで立ち寄ったわけじゃないけど、足の向くまま気の向くままで、ここに着いたって事で、そりゃ黙って帰る訳にはいかない。
ここの旧街道筋の「そば屋さん」で食事してから、彼女の家に。

花を上手に育てていて、時々メールに乗せて写真を送ってくれる。その花達が家の前にきれいに咲いていた。少し前に送ってくれた「アレンジ植え」の花かごもある。
年賀状もずっとやりとりしていて、一度今の住まいに来てくれたことはあったけど、私が訪問したのは初めて。
会えるなんて思いもしなかったのに、姐さんのお蔭でYちゃんとも会えて嬉しい嬉しい道行となった。

この古い歴史ある街を歩いた記念と、思いがけず友に会えたラッキーを記念して、つもりにはなかった買い物までしてしまった。
そば屋さんの隣りに手作りのお店があり、古裂を使ったバッグ、衣類、アクセサリーなどが置いてあった。
目を引き気持ちが引かれたバッグがあった。
着物の柄にしては大胆!なんだろう?と尋ねてみると、「木綿の鯉のぼり」の部分を「柿渋」で染めたのだという。
外に出して飾る物ゆえ、しっかりした織り。あでやかな色だったはずだけれど、柿渋の茶がかかり、何とも言えない渋い、いい色になって、大胆な色柄が好いアクセントになってる。
裏打ち、内ポケット、バッグの底、取っ手、丁寧な手仕事が見て取れる。
”好い仕事してますね”と、きっと大方の人が言うと思う。
持ち合わせが足りず、カードは扱ってないというので、一旦諦めかけたが、どうも気になって仕方ない。後で欲しいと思っても、次いつ来れるか?いえ、来られるかなんてわからない。
こんな気持ちになったら、買い求めるっきゃない!
それで、とりあえず、泊めてもらってるMちゃん家に戻れば持ち合わせがあるからと、一旦Mちゃんに借りてまで買ってしまった。

ただもうこの日は、超多忙な身でありながら、早朝の一仕事を終えて、私達妹分を車の旅に誘って下さった『ガイドの姐さん』に感謝感謝の一日だった。
夜は、せめてもの気持ちを込めて夕飯作りさせて頂きました。
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ノルウェーから 「コペンハーゲン」へ

阪急交通社の「添乗員と行く『北欧オーロラ紀行』6日間」というツアーに乗ったのですが、時差8時間の関係で、ホテル泊4泊した日の午後現地を立つと、約11時間の機内で日付をまたぐので、成田に着いた時は次の日になっているという日程。

北極圏の町ノルウェー「トロムソ」に3泊した日の朝「トロムソ空港」を立ち「オスロ」で乗継ぎ「コペンハーゲン」入りし、昼食は、アンデルセンの縁の街でということに。
空港からツアー契約バスで市内のレストランへ。昼食は「オープンサンド」飲み物は自前。
ここの通貨はDkr(デンマーククローネ)そして、1Dkrは約¥17と、換算率は、ノルウェーとほぼ一緒だけれど、若干ここの方が物価が安い気がした。
ここのレストランで注文したグラスワインも、クリスマスビール(ってのがあった)が
25Dkrだったから、日本円でいうと¥500切ってたので。
これだけで物価の判断はできない所は勿論あった。ここでの宿泊は、空港すぐの「ヒルトンコペンハーゲンエアポート」前3泊ホテルとは格段の高級感あるホテル。自前でのビュッフェ式夕食295Dkr(約¥5000強)食事時の「ミネラルウォーター」は50Dkr(約¥850)をプラス。高価格にヒエー!更に5%~10%のサービス料も必要だった。

コペンハーゲン(「商人の港」という意味ですって)市内観光は現地に住むに日本人ガイド付きで、まず「人魚姫の像」へ。幾多の災難に合いながら、その都度修復され今日があるという。海沿いの風があり、緯度の高いトロムソよりどこより、ここが一番寒かった気がした。
ここの沖合に「風力発電の風車」がズラリ並んで立っているのが見えた。
なんと1970年代から取り入れているという。そして、「原子力発電」は一基もないそうである。徹底している事に感心した。


バスで移動だったが、近距離に「アマリエンボー宮殿」があった。
※「ボー」というのが、「城」「宮殿」を示す言葉。だから本当は「アマリエンボー」または「アマリエン宮殿」なのでしょうが、日本人に分かりやすく訳されてるみたい。
現「マルグレーテ2世女王」がお住まいの、まさにこの国の王宮なのだ!!!が・・・
城壁がありません。厳めしい門も無いのです。4つの宮殿の建物に囲まれた広場には、普通に車も通りぬけているのです。

王宮の広場なのに車も通りぬけできます


衛兵の立つボックスは宮殿毎にあり、丁度「交代式」が始まったのです。真っ黒い艶のある「熊の毛皮」の帽子を被った兵士の隊列が、広場の決められたライン上を歩調を揃えて歩き、それぞれのボックス前で、儀式にのっとった交代をしていました。
その間も車道は封鎖されることなく、走っていました。
説明によると、このくらい開かれた王室なのですって。

4つの王宮の建物前に立つ衛兵の交代が規則正しく行われています


次は「ニューハウン(「新しい港」の意味)」という小さな船着場へ。
そう!おとぎの国のようなカラフルな建物が並んでいます。
かつて、アンデルセンが住んでいた建物も残っているのです!
日本なら、とっくに無いか、「明治村」のような特別なテーマパークに保存されてあればいい方で、普通にそのまま町並みの中にあって機能していることはありえないのにと思った。地震のない国っていいですよね!!!

おとぎの国のようなカラフルな建物

翌日の午前中はオプションツアーの「クロンボー(城)」を取るか、市内自由観光かのスケジュールだったが、同行友人のお蔭で「市内自由行動」で、街中を歩いた。
迷いながら、戸惑いながら、地下鉄・電車にも乗って。

なんせ、1600年代、日本なら「江戸の初期」の頃の建物が各所に点在して、使われているのですから。
どこを歩いても、重厚な石造りの建物があり、空に向けた塔を持つ教会が堂々と存在し、方向の目印にもなっていました。そして、人が寛げる広場があります。
二頭立ての馬車が、車と同じ道を走り、乗っている人の服装も絵の様。
タイムスリップしたかのような想いがして、歩く事が楽しく、迷っていても違う物が見られて、得した気分でもあった。

前日「ニューハウン」のクリスマスマーケットも覗いたが、この日は両替した現地通貨の残りは使い切ってしまって良かったので、ここのクリスマスマーケットでは、クリスマスのタペストリーを購入してみたり、スーパーにも立ち寄り、チョコレート(カカオ70%物が幾種類かあり、思ったよりおいしかった)や、野菜やマンゴーなどの瓶詰ペーストの種類が多く、試しに「バジル」「アーティイチョーク」など、普段使ったことのない物を買ってみた。

この旅はほとんどの朝食が「バイキング」式だった。
(北欧発祥の食事形式をいうと思っているのだが、なぜか?「ビュッフェ」式と表現していた)
この時パンの他に「クラッカー」が幾種類かあり、だいたいが大きくて、固めで、ゴマや麦などの穀物類が練りこんであったりだった。緑の野菜が少なめだったが、穀物で食物繊維を摂っているのかな!?と思ったりした。
又、日本なら米と一緒に炊き込むことが多い、これら雑穀(と言ってもいのでしょうか?)は、そのまま食べたり、ヨーグルトに混ぜたりするらしく、自由にトッピングするよう用意されていた。

そんなこともあって、「ゴマたっぷりクラッカー」も買ってみた。ちょっとしょっぱい。そう!北欧の食べ物は「しょっぱさ」が少々強い気がした。
米が1キロ袋になって売られていた。米は、「トロムソ」のスーパーでも売られていて、そこでは、何種類かあって、タイ米のような細長い物もあった。
北欧の現地の方々が食べる様になったのか?現地に住むアジア系の方々の為に売られているのか?どんな風に料理してるのか?興味はあったが、聞ける語学力もなし、こちらで米料理を頂くチャンスは無しでした。

さて、何しろ午後にはこの地を立たねばならず、自由行動はお昼までなので、忙しい。
街に出る為に、「地下鉄」に乗った。もうここで、「さーわからん???」状態。
切符の自動販売機はあるのだが、札を入れる口がない。持ち合わせのコインじゃ足りない。急いでホテルに戻り、添乗員さんに「SOS」を出した。
日本の自販機なら、札を入れたらおつりが出るのが当たり前なのに、コインのみ、札は使えないのです。空港にある窓口まで切符を買いに走り、乗ったのです。
街歩きは、絵地図が頼りであり、前日のバス観光の際の説明と、その時の景色建物をある程度覚えている印象を繋ぎ合わせつつ。
予定通りの道を歩けたわけではないけれど、どこを歩いても嬉しくなってしまった。
中世に想いを巡らせてしまうような建物が、ここ、あそこにあるのですから。
アンデルセンの銅像は勿論、王様や、優れた人の像など、モニュメントも目印になった。

町のあちこちに功労者の銅像

有名な「チボリ公園」を目印に帰り道を決めて、駅に歩いたのだが、迷って大いに時間のロスを出してしまったのは失敗だった。
「コペンハーゲン中央駅」への道を聞いた時の、ご夫婦が「レフト」と教えてくれたはずなので、信号を左に行くとずーと「郵便局」の本部のような建物が続いてた。建物にマークはあるが、切手を買えて手紙を出せる窓口が無いのか、見当たらない。
随分歩いてみたが駅らしい建物がなく、戻ったら、線路が見え、駅とわかったが、さてどうやって駅舎に行くの?とここで又迷う。
私達の様子から(こりゃ観光客が迷ってるぞ)と察して下さったらしい青年が、自転車で通りがかり、ジェスチャーも交えて教えて下さった。
どうも、通りがかりでなく、見かけて追っかけて下さったらしく、暫ししたら、説明通り引き返した私たちの後ろから通り過ぎて行った自転車は、彼のものだった。
親切な青年に感謝。もう一度会いたいものだ!!!

帰国して地図を眺めれば、迷いようがないはずの場所だった。知らない所で、時間との闘いもあって、パニくってたのかもしれない。
この駅でも、「チケット」を買うのに大変だった。コインがうまく入らず、窓口を探したが見つからず。同じ方向行きの列車でも、時間によってホームが違う様で、マジ焦った!二人の携帯が異国では使えないものだったから、添乗員さんと連絡が取れない不安材料だった。いかに緊急事態に「携帯」が必要かって事を思い知った。
携帯の無い生活の方が長かったはずなのに・・・一旦便利になってしまうと、元に戻るのって難しいことがよーくわかった。
気持ちがアワアワしたけど、これも一人じゃない強みかな。

ホテル集合時間にはアウトだったけれど、空港に着くと、搭乗券発行の手続きの最中の所に遭遇。(ありがたい!)紛れて一緒に順に手続きをして、ホテルに荷物を取りに行くと、オプションツアーの人達と合流となり、一つ目の時間にアウトだった事が目立たずに済んだ(けれど、「ごめんなさい」の失敗だった)
ホテルが空港の隣りっていう立地条件も最良だった!

コペンハーゲン
ここでも2.3泊できたら、もっともっといっぱいの発見楽しみを見つけられたと思う。
「クリスマスマーケット」
子供達がコインを持って、小物や、クリスマスオーナメントのお店などを覗いていた。
会話ができないので、様子から察した事だけれど、マーケットで見つけた小物など持ち寄って、パーティで「プレゼント交換」したりするのかしら?などと、想像しながら歩くのも楽しかった。

この町はこんなクリスマス飾りが「☆」


「街」の中心にあったスーパー「イヤマ」北欧らしい食品の買い物も良いけれど、(これはいい!!!)と感じたのは、イメージキャラクターの女の子「イヤマちゃん」のエコバッグ35Dkr(¥600くらい)丈夫な帆布製、キャラクターは白い糸で刺繍されているから、一見控えめに見えて、実はとても主張があり、これはお買い得と思った。
変に節約した私はエコバッグ持参していた為、買わず。友人の買ったのを見て、(あー私も買っておけば良かった)と感じた次第。

ひょっとして、日本に向かう飛行機の窓から「オーロラ」が見られるかも!!!という、最後の望みも叶うことなく、しかし1番の願いであろう「無事」で、成田に着いたのです。

北欧「オーロラ」紀行の感想

事前告知した人達に「オーロラ見てきたよ!!!」とはしゃぐほど喜んで報告するつもりだったのが、ジミすぎてしょんぼり報告になってしまったけれど、冬の「北欧」体験は、これはこれで良き思い出になった。

(デイサービスの利用者さんで、プロのアニメーターをされてたという、ウェブに強い方がいらして、常時「オーロラ」を見られるサイトを見つけて登録され、注視されてるとのこと。私が行ってた時期は現れにくかったのですって。今現在も出現が停滞中の様。)

服装」は冬の北海道くらいの気温気候だから、それを想定してと聞いていた。
冬の北海道も経験はないけれど、スキー場へ行くような感じで用意した。

帽子・耳当て・マフラー・マスク・レッグウォーマー・・・これらは、状況に合わせて着脱しやすく持っていると都合良い。
※ 飛行機の中は不要だけれど、乗継時、空港からホテルまで(すぐにバスに乗車したけれど)など、外気に触れる事もあり、トランクじゃなく、手荷物の中に持参して!

あると良い物のリストに「サングラス」とあって、この時期探して買い求めて行ったのだが、・・・一日中陽が上ることのない『極夜』には無用の物では?
同行の彼女は、「UV対策クリーム」どうしようか?考えたのですって。
雪で照り返しが強い日本のスキー場と、大きく違うところかしら?

※『極夜』・・・『白夜』の真逆状態。「冬至」を挟んで2か月ほどの間、地平線上に陽が上がらない時期。けれど、10時くらいから夜明け前の様に薄明るくなり、昼過ぎには夕暮れ色になるが、一日中暗がりではない。
バスに乗って、昼食の為に街のレストランに着く頃は、夕焼け空の中。食事を終えて出たら夜色だった。

気温は-3℃~-6℃くらいだったが、「グラーニュ糖」の様な雪がチラチラ光りながら落ちてきた日はあったけれど、吹雪いてはなかったので、凍えるような寒さはなかった。道脇、庭の隅などに雪が固まってコチンコチンになっていたが、歩くところや車通りには積雪は無かった。時期によっては豪雪もあるのかもしれないけれど、私の行ってた時期、雪は少ないという印象だった。

『極夜』でも薄明るい時間帯があります
手袋は2組・・・中に薄手の5本指、又は指先の出るもの。上からスキー用を付けたら完璧(いちいち面倒でもあり、外はミトン型の方が良いのでは)
ウォーキングのスニーカーを履いて行って、長時間外の時は、スキー用のブーツにした。(どちらも寒さ対策にミニホッカイロを靴底に貼って外出。靴用カイロもあってつま先が丸く細くなってるが、他と共用できる1パターンでOK)

最後の一日は「コペンハーゲン」観光があって、これはおお喜び状態だったのだが、その時の一泊ホテルは空港すぐの豪華ホテル「ヒルトン」。浴用セットや室内スリッパ付きだったが、トロムソの3連泊した「スカンディックホテル」は簡素だったから、「室内履き」を持って行くべきだった。飛行機の中も靴は脱ぎたいから。

※『トロムソ・スカンディックホテル』・・・オーロラが敷地内でも観測できるという、立地の丘に建っていて、坂を下りるとすぐに大きいショッピングモールがあり、スーパーマーケット、軽食、家具、衣類、日用品など大体の物が揃っている。まだまだ巨大化する様で、周辺はあちこち工事途中だった。有名ブランド店もくるらしい。
このホテル「簡素」と表現したが、小じんまりしていて悪くはなかった。オーロラ観測に配慮があり、ロビーに「お湯」「紙カップ」の用意が常にあり、暖を取る様、その場でコーヒー紅茶が飲めるようになってるし、夜中の出入り自由。
福祉国家の為、税金が高い故、何かと物価高。スーパーでも日本の感覚で買い物しては大変!
外で飲み物を飲んだら、すぐに500円以上かかるから、このサービスは嬉しい。

同行の彼女は旅慣れているし、しっかり者で気が付く人なので、「湯沸かしポット」を持参していて、先に連絡も貰っていたので、コーヒー、ぜんざい、しょうが湯、カップスープ類など持参してたので、部屋で随分重宝した。
多分、「マイクロウェーブ(電子レンジ)」は共用出来たようなので、「パックご飯」持ってけば良かったと思った。ちょっと、ご飯食べたくなった。
近くのスーパーにあった、パック入り握り寿司(10貫入り)に気持ちがそそられた!が、200Nkr(ノルウェークローネ)約¥3400「高い!!!」ので止めた。

室内で整えなければいけない服装は、概ね「ユニクロのヒートテック」で揃えた。(回し者ではないけれど、お手頃価格で、揃えられたので)
タイツ又はレギンス・靴下2枚重ね、コーデュロイパンツ又はスキー用パンツ。パンツのウエスト後ろ側にミニホッカイロを貼って外出。
・・・普段ほとんど使わないので、ミニホッカイロが長時間効果続行するのに驚き、重宝する事を実感した。
上半身はインナー・タートルネックシャツ・セーター・長い丈のウルトラライトダウン。長時間外にいる時は、この上からスキー用ジャケットを着た。

日常生活圏では、真冬でもこれだけ着込むことはないので、寒くて大変という思いはしなかった。

オーロラ予報』というサイトがあって、ロビーでパソコンが使えるようになっていたり、添乗員さんが情報も流して下さったが、空が晴れ渡っているのは大事な条件かと思う。「トロムソ博物館」で「オーロラ」について映像を見ながらのガイド(日本語)があったが、天女の羽衣のような、やわらかい襞を織りなしてる見事なオーロラの周りには、星がいっぱいあった。
私達の行った日は、まあるいお月様が大きい傘を被ってた。次の日、もっと観測に向いてるスポットまで行った時も、山の上に傘を被ったお月様がいて、傘の円周上に明るい星一つ二つ見えただけ。ってことは、晴天ではなく条件はあまり良くなかったのでは?

山の夜空




3日目は、オプションで、「世界最北マックビール醸造所と、ポラリア水族館見学」¥9000というのがあったが、自由行動にした。
旅慣れない私だけだったら、お任せのオプションツアーに行ってたと思うが、「訪れた町を歩くと発見があって楽しい!」という彼女と一緒で本当に良かった!
北極圏に立ったとういう証明書を出してくれるオフィスに迷いながらも行けて、証明サインして貰ったり(50Nkr)。道を教えてくれた人は(なるべく人相の良い人と思いながら)親切で紳士的だった。
郵便局はオフィスで教えて貰って、無事日本へ絵葉書出した。一枚は自分宛てで。
通りは、今の時期ならではのクリスマス飾りが渡してあり、見上げながら、見通しながら、歩いた。赤いハート飾りがついているのが特徴だとか。

町はクリスマス飾りされて

町には免税店もあり、ここなら買い物証明書を出してくれるので、空港で手続きすると25%が戻る仕組みという。

ダウンタウンまで、バスの乗車は15分くらい。一日乗車券もあるようだったが、時間がたっぷりあるわけでなし、中心的な街中は歩けない広さでもなく、かといって、90分以内なら乗り降り自由券ってのではアウトかも?ってんで、片道づつ、運転手さんから買った。
(バスストップは、横長の控えめなプレートがついたポールだけ。さすがに街中は屋根付きベンチがあったけれど、チケット売り場はなかったみたい))
これが、添乗員さんの教えてくれたのより高くて(ボラレテル?)と思ってしまった。
私達だけじゃなく、他のグループの人もだったから、最近値上がりしたのかも?
28Nkrときいてたが、40Nkrだった。(高いでしょ!¥700近いんですから)

3年前「上海」中心に中国ツアーに行った時は、口を酸っぱくするほど、お金貴重品に注意して!偽札でおつりを渡されることがあるなど、物騒な気持ちになったが、ここでは、添乗員さんからその類の話がなく、不思議に思った。
コペンハーゲンでは、「注意」があった。
トロムソの人達は、ゆったりしていて、比較的盗難などの事件が少ないようで、これも良い印象の町だった。

最終チャンスの三日目夜。11時40分位に出現予報。
翌朝5時集合して、空港に向かう為、一旦荷物をまとめて、起きたらすぐ出られるくらいにしてから、外で「オーロラ」を待ってみた。
多分2時頃諦めて退散した。
5時前に集合場所に行くと、3時位から初日より分かりやすい、肉眼でも「緑色」に見えるオーロラが見えたという。その薄くなったものが、かすかに、目の錯覚かというくらいな動きを伴って浮かんでいる。と言えば言えなくもない感じにしか確認できず。

まあいいでしょう。予想のない事も体験したし。空気がキンと冴えた北欧の夜景は、目が奪われてしまう程きれいだったし。
オーロラに引かれなければ、冬の北欧体験は一生ないままに終わってたと思うと、行って良かった!!!やはり「オーロラ」のお蔭だもの。

「オーロラ紀行」から無事戻りました! が・・・

オーロラ?これが・・・!?!?!?
行って参りました。
12月1日(日)昼前に、無事成田に着いたのですが・・・

心に描いていた物とはあまりにかけ離れていて、私として、認めるべきか?認めざるべきか?考えてしまう程の”超ジミ”なオーロラ様でした。
11月26日(月)12:30成田空港発「コペンハーゲン」まで約11時間半。
ここから乗継いで、1時間強でノルウェーの首都「オスロ」へ、更に乗継ぎ、1時間40分くらいで北極圏の中の一番の町という「トロムソ」の空港着は、現地時間21:40分。時差は「8時間」
トロムソ空港からバスで10分程で、窓からも「オーロラ」が拝めるという
スカンディックHOTEL」には22時半頃。空を仰いだけれど、らしきものは見えず。

荷物を部屋に置いて、お茶を入れて一休みした途端、全電気が消えた!はーて?何が起きたか分かりません。添乗員さんに連絡を入れると、今夜は修理不能の為、部屋替えとなったが「バスタブ」なしのシャワーコーナーがあるだけ。これって、悪くなってるじゃん。部屋のちょっとしたした悲劇は、これで終わらず、翌日「バスタブ」付きの部屋に交代。今度は、一番端っこのやや変形部屋。全室ほぼ同じ感じのビジネスホテル級ながら、変わる程に、少しづつ落ちて行く感じなり。

一段落した所で、駐車場に続く入口エントランスに出て観測。
丸いお月様が大きい傘をさしてました。傘の淵には明るい恒星が光り、これはこれで幻想的でしたが・・・
私のデジカメは多機能付きの優良カメラなのに、隠れている(訳じゃないんだけれど)状況に合わせたモードを探し出せず、いつものまんまでパチリ。真っ暗な画面に小さく黄色っぽい丸い物一つ・・・
きっちり取説を持参して調整した、しっかり者の同行彼女は、きれいに映していた。

「あれがオーロラ!」と言われて見上げた空には、雲の切れっぱしのような物が、白っぽく、スーッとあるだけ!(えー?あれはちがうでしょ!)
私の心に住み続けていた「オーロラ」は、青みがかった緑のカーテン状の光がウエーブしながら天から降りてくるってものだもの!
一日目という余裕で、3日間の内には、きっとらしいものが見られるに違いない!と、この日は
「おやすみなさーい」とした。

それにつけても、空気がキンと冴えてるせいか、斜面に点在している町の灯りが綺麗なこと。
8時にモーニングコールがあるも、「朝がきたー!」ってのが分からない。
この時期、約2か月は「白夜」の反対で、1日中お日様が顔を出すことのない「極夜」の最中。
早朝でもないのに窓の外は暗い中で、ビュッフェ式の朝食を、おいしく頂いて1日が始まった。

10時位からうっすら明るくなって、ホテルすぐの「ショッピングセンター」を覗く。
12時頃から、丘のホテルと反対側の、町のレストランに、ツアー全員バスで食事に出かけた。すでに空は夕焼け時の様。
そして、「町観光」
「トロムソダーレン教会」ここは、外から写真を撮ったり、外観をみただけ。
「トロムソ博物館」・・・「オーロラ」のスライドを見たり、発生の仕組みなど説明を受けたり。ここの絵葉書は1枚7Nkr(ノルウェークローネ)で、他より安い。だいたいが10Nkrちょっと大判なら倍はする。3Dなんかになってると30~40Nkr。1枚がです。
因みに「1Nkr」は「約17円」何しろ「社会福祉の国」税金の上乗せが25%。物価が半端なく高い。
レストランでの飲み物は40Nkrからって感じ。ショッピングモールのソフトクリームが45Nkrだった。
町まで行くには、出発前の説明会では、ホテルから無料シャトルバスが出てると聞いていたがそれは無く、着いてからの案内で、ショッピングモールのバス停から、28Nkrと説明されていたのに、3日目の自由行動の日に乗ったら、片道40Nkrだった。

2日目の夜は、ホテルのある「トロムソ」より70キロ程南下して、灯りの少ない
ソマロイ」と言うところまで「オーロラ観測」に出向いた。
「オーロラ予報」というのがある様で、「今どのあたり」的な説明があったが、やはりこの日も月は大きい傘を被っていた。そして、らしいものは見えず、特別に山のふもとまでバスを走らせてくれたが・・・ダメだった。
この日、初日の「オーロラ」らしい物を、きっちり写真に撮っていた女性がいて、それを見せてもらうと、何と控えめではありながら「オーロラ色」の緑が写っていたのです。
「あの、雲のしっぽみたいに見えたのがこれ???」って聞き返してしまいました。
肉眼ではあやふやだったものを、カメラの目は捉えていたことに驚きでした。
これ位肉眼で見えたなら、小さいけど「オーロラだ!」と思えたかもしれない。
この方が、私のカメラのシーンごとの設定の仕方を調べて下さり、この時からやや気にして撮る様にしたのではありますが、「オーロラ」様は現れてはくれませんでした。

そして3日目
オプションのガイド付き観光でない、自由行動の日として、ダウンタウンに行って買い物したり、北極圏に入った証明書というのを発行している観光ガイド所に行ったり。
この時、教会を目印に目的地を目指したのだけれど、教会違いで2つくらい違うエリアを歩いていた。いよいよどうしようもなく、道行くできるだけ見た雰囲気の良き人に、地図を見せ聞くと、快く教えて貰えた。
そして、この最後のチャンスの日
予報はPM11:50分頃とのこと。明朝朝5時集合して空港に立つことになってたので、荷物をまとめてから、空を見上げに行った。
2時近くまで頑張ったけれど・・・諦めて寝る事にした。

5時前に集合場所に行くと、うっすら緑のものが出てるという。3時くらいにはも少し濃く見えたらしい。
早く寝て、早く起きて外に出た人のタイミング良好って事だったみたい。
予報はヅレヅレでした。
これも、地味ジミでなんか違う。
科学的には「オーロラ」出現というのかもしれないが、こんなのでも、カタログに
オーロラ出現率100%」と載るのかしら?

とりあえず、憧れの「オーロラ」には出会えなかったのです。
残念ではありましたが、オーロラを見たい一心で「極夜」のノルウェーに行ったことで、違う発見!喜び!感動もあった旅行だったのです。

続編は又!

旅の二日目は「盛岡」から「秋田」へ

盛岡の『石割桜
二日目最初の訪問地。
ここもこれも、実際に訪れるのは初めて。
岩手県出身の友人からこの名前の付いたお土産を頂いたことがあり、包装紙からのイメージとして、山の中か、丘陵地の自然豊かな場所にあって、大きい岩の間から根を張っているんだと想像していた。
昨年の震災後のドキュメント番組に、この桜も紹介されていて、(あれ?背景にビルがあるなんてなぜ?)以外だった。
だから、盛岡市の中心地にあるんだと認識を持って訪れた。

そして思った。
とってもふさわしい場所にふさわしい立ち方をしてる、この場所の象徴そのもの!!!だと。
裁判所前のロータリーに、岩をほぼ二分して立っている。
物事の争いは、左右公平に!白黒はっきりつけようじゃないか!って?

「今日の雨が幸いして、明日くらいには咲き始めるかな?」と、お手入れ中の植木職人さんの見解だった。隣りの梅は咲き出したばかりという風情だった。

今年の東北の春は、花々が一斉に咲き競うことになるのかしら!!!???

小岩井農場
有名所だから、ここの乳製品を買ったり、頂いた事はあったが、明治24年創業で、創業者の、「日本鉄道会社副社長:小野義眞」「三菱社社長:岩崎彌之助」「鉄道庁長官:井上勝」頭文字よりつけた名前とは、今回の初めて知った。

ここでしか買えない、食べられない物を食べる事にした。
ビン牛乳は二人とも飲んだ。チーズケーキも外せないってことで然り。
私は『ご当地ソフトクリーム』はだいたい食べることにしていて、迷わず食べた。
脂肪の球が大きいままなんですって!
輸送中に揺れて固まりやすい為、流通の牛乳は脂肪球を細かく砕いてあるそうな。
確かに、とろーりとした柔らかさでなく、腰(って言えばいいのかな?)、があり、こくのあるしっかりした味わいだった。もちろん”おいしい”ったらなかった。

テレビドラマで有名になった『小岩井一本桜』は、当然ながら想像で咲かすしかなかったが、原っぱの広がった場所に一本だけ立っている姿は様になっていた!

角館
一度訪れてみたい!と、かねがね思っていた場所!
黒塀に囲まれた武家屋敷!しだれかかって咲く桜!
武士姿の侍が歩いていそうな!すすーと門の扉が開いて、お屋敷の姫様が出てくるかも!なんて思わせてくれそうな通りを歩くも・・・
やはり、花無し。しょぼ降る雨が風情を醸し出してはくれるが、やっぱり花があったらもっと違う気分だったかな?

でも、考え方によっては、花開く前で良かったと言える!
花たけなわ”の時は”人出たけなわ”でもあるはず。
こんなにのんびりと、屋敷内を散策することも、お店を覗く事も、できやしなかったでしょう。

今回の花めぐりツアーは、この地にておしまい。時間内散策にすれば、『角館駅』まで観光バスが送ってくれる事になっていたが、歩いてもしれてる距離。
ここでたっぷり時間をとって、帰りの新幹線の時間を決めたから、自由時間いっぱい。
これも、旅慣れてる彼女と一緒だった恩恵で、好いプランだった。

ご当地メニューで夕食をと、駅に歩きながら行き当たりばったりで「食事処」に入った。
正解は『山菜天ぷら
うるい(ギボシの若葉というが、花は知ってるけれど、つい最近まで食べられるとは知らなかった)・こごみたらの芽蕗の薹・ねぎの仲間と思われるが、名前を忘れた(エシャロットみたいな?行者にんにくのような?)
春の味覚を頂けたのが嬉しかった。
『武家飯』っていうのも注文した。
鯉の甘露煮じゅんさいの酢の物・とんぶり(畑のキャビアとか?)・蕗味噌(これはオツな美味でもあった)そして、天ぷらにもなってたネギの仲間の味噌和え
武士の献立は・・・ヘルシー!且つ地味目!の食生活だったって事?

ここの名物『もろこし
と言えども、「とうもろこし」とは関係ない。
食べたことはあったけれど、『もろこし』という名前だったとは知らなんだ。
ここでだけらしい『生もろこし』も味わった。
好きな食感だけれど、麦粉でないし、米でもないし、きな粉とも違うし、和三盆でもないしなー・・・
ここで知った!「小豆」を粉にしたものなんですって。
何ともぜいたく。もちろん自分用に従来の物も生も買ってきて、お茶の友にしてる
(ふふふ、うーんオイシイ!)
・・・やはりこの地だけの『生』がウマイ!(賞味期間1週間くらいだけど、「冷凍したら1か月くらい大丈夫。そして固まらない」との説明があり、敢えて冷凍して食べてみた。固くない!冷たいだけで口に溶ける)

旅は道連れが良いと、なお嬉しい!
今回の旅、良かった!
うちの娘は旅好き。決断が早い。行動力あり。地図が読めるからナビ能力高い。
とても頼りになる。
彼女には似たものを感じた。
(だから、ちょっと心配はあった。)
だって、わが娘は私には遠慮が皆無の為、
同じ景色の中にいても、見てる範囲が広いらしく、あれこれ言ってくれる(親切と捉える事にするが)私が見てなかったり、気付いてないことが多く、すると「何見てたんだか!?」「また、ぼーっとしてるよ!」などと、決して黙っちゃいない。
そして、トイレの用足しがすこぶる早い!すると「おばちゃんは遅いんだよなー」とくる。
(これもいつも私が待たせてしまった)
だから、ひょっとして、のんびりマイペース気味のきらいがある私に迷惑気味だったかな?って。

私は嬉しい旅だった。
桜はまだだったけれど、何年ぶりかの「かたくりの群生
久しぶりに出会えた「しょうじょうばかま
それから、初めての「みずばしょうの群生」にも遭遇。
これは、『仙岩道路』で、岩手から秋田に入ってからのところ。
合併で今は『仙北市』かつての「田沢湖町」の『刺巻駅』からすぐの所で、バスの車窓から見る事ができた。
ゆっくり走ってくれて、これも、にぎわっている時期だったら、普通に走り抜けるところだったでしょう。
林の木々の根元に白く咲いている様は初めての風景。
山の中をはしるこの道路沿いには、雪が残っていたから、(ここにも雪が!)と思うくらい、一面花の白(苞かしら?)と、黄緑の葉が続いていた。
花より人が多いのはかなわんけど、観光地でも人が少なくてのんびりできた!なんせ、渋滞は皆無。
温泉も、宿も(商売としてはあがったりでしょうね)ゆったりできた!

春たけなわの地から、春の兆しの東北にタイムスリップしたかのような体験ができたのも嬉し、楽しの二日間でした。

観光会社の方々は、地震がある度怯えてるそうです。
揺れにでなく、(あーこれで又観光に出向いてくれなくなってしまうかも?)という、人の足が遠のく事に。
原発事故の福島を通り抜ける事さえ嫌がって、北に足を踏み入れてくれない人がいる事も事実なんですって。

ゴールデンウイークは、みちのくの桜を楽しむには絶好の時期と思うから、是非訪れてみてはいかがでしょう。
私が行ったところはほんの一部。
それでも(また行ってみたい!!!)と思うところばかりだったもの。
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