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秋の実(ミ)ニ実(ミ)ニ収穫祭

 台風14号の影響もあって、ずっと天気がはっきりしなかったけれど、今朝はすっきり良い天気!
 このところ、心境の方も、何となく♪さみーしくて黙っていると・・・♪
 仕事の人じゃなく、たわいも無い事で、誰かに手紙を書きたいような、お喋りしたいような・・・
 センチメンタルな秋に、負けそうになってる自分をもてあまし気味。
 
 いつもは起きたら飲み物くらいを口にすることはあっても、まずは朝ウォーキング。
 今日は時間に余裕もあり朝食を済ませてから、ぐるり好きな場所を歩いてみようと思い立つ。
 いつも行くところの、私が守り神としている教会のマリア様に手を合わせていると、めったにないことだけれ ど、祠の天井から水がポタっ・・・ポタっとおちているのに遭遇でき、帽子に戴くという幸運に恵まれた。

 それから、川に沿った公園の木々の中を歩く。
 どんぐりが落ちています。帽子をかぶったまま転がってるのもあります。つい手が伸びます。
 桜並木の木全体はまだ緑色だけど、下には朱や、黄色に染まった葉が落ちています。
 きれいに色付いたのを一枚一枚拾いながらのんびり歩いていると、パソコン教室の時の友人から電話があり久しぶりに話をして、私を頼りに思っていてくれたのを感じて嬉しくなったり。

 そのまま道なりに歩いて、区の公園として開放されている江戸時代からの大きい木もたくさんある庭園の中を歩いていると、あら!銀杏が落ちてます。
 拾っていきたいけど、袋がありません。あきらめようとしたら、近くで苞葉(ホウバ)の落ち葉を見ーつけた。これはいい!
 落ちる物あれば拾うカミ(葉っぱ)あり・・・何だかむりやりなこじつけ?
 
 臭いのある果実にくるまれていて、そのまま持ち帰るのは無理だから、その辺にある木切れで、落ち葉が堆積して出来たふわふわの土にこすりつけながら剥いて取り出して拾い上げていたら、公園の手入れをして下さってる職員の方が二人連れで来られ、一緒に見つけてくれて、持っていた小さいビニル袋も下さったのです。
 常連さんがいて、開園一番に来て大粒なのを選んで袋いっぱい拾っていかれるそうで、その後は良いのがないそうな。「風が一吹きあると又こぼれ落ちてくれるんだけどねぇ」って。
 それでも、手のひら一杯くらい拾えました。

(茶碗蒸し作ろうかなー)って思っていると、
「10粒くらいづつ、茶封筒に入れてレンジすると、おいしく食べられるよ」
「パン!パン!って5、6回殻がはじける音がしたら取り出すと良いよ」
「50秒くらいかな?あんまりパンパンさせると、実まで破裂してしまうからね」
って、簡単に美味しく食べられる方法も伝授下さった。
 
 年配の方は休日には山歩きをしているとのことで、木や野鳥などにも詳しくて、こんな都心の森でも、時に赤ゲラまでいるんですって。今日は、めじろ、ヒヨドリ、もずがいると、鳴き声を聞き分けて教えて下さいました。
 
 椎の実も落ちてます。
 その方も子供時代に食べたと言います。私も子供の頃、神社に大きい木があり、拾いに行き、母に炒ってもらって食べました。どんぐりと違って、苦味もえぐみもなく、淡白な味の真っ白い実です。
 
 隣りの神社の境内に「椋(ムク)の実」がなってるからと、連れて行ってくれて初めて食べました。山葡萄くらい小さい丸い実で、緑から黒に変って表面に少しシワがういているのが食べ頃という。
ほんのりとした柔らかい甘みの中に、隠し味のようにほのかな酸味が隠れている、初めての味覚。美味しかった。
 
 次は、知人の家だからと言って、槙の木の実を採ってくれて、これはまた昔懐かしいものを食べました。
まあるい緑の実の下に、紫色の果実がくっ付いていてそこを食べます。私の育った所では「昔小僧」って呼んでました。言葉の由来は知りませんが、屋敷周りに背の高い槙の木(「ホソバ」と言ってました)の垣根があって、その何本かには実がつき食べ放題でした。

 収穫の秋なんですね。
 実感したのは久しぶりでした。
 どんぐり拾いくらいは毎年してたし、大好きな栗や、いろんな果物が豊富な季節だから、恩恵に浴してるけど、自分で収穫して、その場で食べるっていうのは、しばらくぶりでしたから、ご機嫌に良い日でした。
 家に帰って、土がついている銀杏を洗って、レンジして頂きました。透明感のある緑色がきれい。殻も、厄介な薄皮もまあまあ上手に剥けました。
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