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2月最後の日に降った雪

『春』はすぐ傍まで来てるはずなのに、近づけないでいるのかしら?
閏年の今年だからあった2月の29日・今週水曜日の雪に、また冬に引き戻された思いだった。
朝ウォーキングの頃は細かい雪がちらちらしていて、うっすら白く積りつつあった。
出勤の頃から雪粒が大きくなってきて、駐車中の車や土のあるところは白い層が厚くなりかけていた。
(今日の利用者さんのお迎えはどうするんだろう?)と心配だった。
送迎のドライバーさんが、「こんな日はなぜか?意外とみなさん休まずにいらっしゃるんだよ」と言われた。
正に!だった。ご近所の方も、杖の方も、車イスの方も・・・
欠席は午前午後の方合わせて一人だけ!

スタッフさんも、電車のダイヤ乱れがあって遅れた。おまけに、スタッフの要員がギリギリの忙しい日。いつもは歩いて来られるご近所の方も、足元不如意だからと一人ひとりお迎えに行った。車イスの方は、傘を差し掛ける必要があり二人体制だった。
(こんな日は、パートの方に緊急お手伝い依頼できないものかしら?)なんて思った私。
ところが、午後来てくれるパートさんは、(こんな日は休業で、「お休み」連絡があるのでは?)と思ってたそうな。真反対の思いでいたなんて・・・!

みるみる積って、窓の外はすっかり雪化粧。
利用者さんは大正生まれの方や、昭和一桁の方が多く、何と、昭和11年2月26日に勃発した、青年将校らによって、時の首脳要人達を狙撃するという、クーデター未遂事件である「2.26事件」の話になって、私は社会の教科書や、事件を振り返った報道番組などでしか知らない事だから、すごく遠い時代の事のように思っていた事件を、小学生くらいだったようで、「リアルに憶えている」と仰るのに仰天だった。
※「2.26事件」については、Wikipediaに詳しい

あの時は東京では珍しいほど雪が多くて、膝くらいまで積ったわよねー」
「車に乗って永田町近くを通ると、兵士が銃を構えてあちこちに立っていて、異常な光景だった」
「学校の後輩のお父様が撃たれて、その彼女は、後に修道女になられた」・・・この方の事は何かの本で読んだ気がする私。

こういう方達と毎日お話できるなんて!貴重な事のような気がする。

そうそう、今の天皇陛下がお生まれになった時には、祝砲が鳴ったのですって!
当時「築地」に住んでたとおっしゃる方のお話。
「夜だったけれど、大人も子供もちょうちんを持って、『宮城』(皇居の事を普通にこう呼ぶのも時代を感じる)にお祝いに駆け付けた」とか、
他の方からも、「ポーポー」と2回鳴ったから「男子ご誕生!」と分かったとか。
ちなみに「女子」は「ポー」と1回鳴るのですって。
「皇太子ご誕生を祝う歌」があると言って、通して歌っても下さいました。(凄い記憶力)

こんな事が話題になった雪の日でした。

何より心配だった翌日の路面の凍結!
これは、1月末に降り積もり一週間くらい溶けきれずに残った雪と違い、春近い雪らしく通路は溶けていてホッとした次第。
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