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介護の世界にいて、考てしまう事

私って認知症予備軍???
アー心配なり!!!

何だか忘れっぽい。
たまに舌がもつれる感あり。
話の流れの中で一瞬頭の中が白くなって(今何話してたんだろう?)って思う事あり。
確かに目的あって動きだしたのに、(何しに来たのかな?)って忘れてしまい、元の場所に戻ってみて思い出す!なんてことが増えてる感あり。
いやはや“マズイ”

今仕事先の利用者さん達を見ていると、お歳にしては頭も見た目もお元気な方が多い。
そして、若い時は、知的で行動的で、きっとバリバリ格好好く、責任ある重要なお仕事を任されて活躍なさってたのでは!と思う。
今の私の年齢の頃になっても尚広く、確実に今の私とは比較にならないようなご活躍をなさっていたに違いない!

私の知ってる1964年の「東京オリンピック」ではない、戦争のせいで幻となってしまった「東京オリンピック」その大会にノミネートされるほどの、スキー選手としてのご活躍があったらしい方がいる。大正6年(1917年)生まれとの事。
「日経新聞」を講読され、ちょっとした言動に好奇心旺盛な事が感じられ、今なお知的情報に敏感の様子。おしゃれなお帽子がお似合い。
この年齢でここまでの能力が保たれてるとは凄い事!と思う。
それでも、お耳は補聴器があっても、うんと耳に近づかないと聞こえないらしい。
杖やつかまりの伝い歩きでの移動。施設に入居するようなレベルではないけれど、サポートなしでは日常生活に難あり状態。

又こんな方も
とても積極的で、凛とされていて、身支度も色合いや季節を考慮されたコーディネートを楽しまれていて、つい数年前まで「日本舞踊」の名取として舞台でも踊りの披露をされていたという、今は心臓に疾患がある大正13年生まれの女性がいる。
お体の具合と相談しながらではあるけれど、リハビリ運動メニューをしっかりこなされ、まわりの方達も誘い込んで、柔らかいボールで座りキャッチボールをする時のリーダー的存在。
「良い人生だったから、早く主人のいるあっちの世界に行きたい」とおっしゃる。決して悲観的な言いかたでなく、心臓が悪化して苦しむのは嫌だから、今この元気があるうちにとの事。
頭脳明晰で「教育勅語」などすらすらと暗唱される。今の天皇陛下がお生まれになったのを祝った歌も全部歌って下さる。よほど記憶力思考力の優秀な方と思われる。
けれど、今の事が覚えられない。人の名前、物の名称、何度聞いてもすぐに忘れてしまうと言われる。
そして外歩きは、杖がないと歩くのが不安。ご家族とお出かけの時は車イスを使われるとの事。

又、「数独」や各種パズル等で、常に頭のリハビリをされているという、定年まで勤め上げた、キャリアウーマンで昭和一桁生まれの方がいる。
頭脳明晰。お顔立ちもくっきり美系で、若い頃は知的でチャーミングだったはず。
それでも足が弱くて、しゃきしゃき歩くのは難しく杖が必要。

他にも、美系スタイルばっちりだったはずの人達。
腰が痛かったり、足腰に支障が出てきて腰が曲がって歩くのが辛そう。

この方達は80歳代(いえいえ90歳代の方さえいらっしゃる)でいて、特に持病なしの健康に恵まれた方々であって、それでも寄る年波には抗しがたく、支障が出てくるのである。


この私、今は元気だから、こういう方達のお世話ができる側にいられる。
毎朝、背筋を伸ばして速歩でのウォーキングができる。
立ったまま、両手の平が床にペッタンと着く。
ついつい大目に買ってしまった日用品や食料品、多少重くてもちょっと頑張るだけで、自力で運べる。
我が家に来て下さる人達の為に、自分で料理して、もてなす事もできる。

けれど・・・
この方達の年齢に近くなった時、この方達の行動思考レベルでの生活は成り立たないのは確実と思われる。
だって、私に何があるって聞かれたら、何もないもの。
今は残存若さがあるから、元気でいられるだけだもの。
それに、私はこの方達のような健康な体を持ち合わせてない。
お腹を切る手術もしたし、入院するような病気もしてるし、見た目よりずっと虚弱であるのは自覚してる。
すんなり一年づつ着実に年を重ねていけるとは限らない。

ここに通って来られる方達の中には、私と同年代と言える方々もいらっしゃる。

そう!とてもとても残念で、悔しい事に、脳出血脳梗塞・心筋梗塞などの疾患に、突如襲われることがある。
こうなったらお手上げだ。
若くして、現役世代であるのに、頭も心も思考も記憶も確かであるのに、自力では生活困難になってしまうのである。
これが一番怖い。辛い。

元気なまま年を重ねることができるって、凄い事!素敵な事!ありがたい事!
優しい心で人や物に寄り添える行動ができる人であれば、ずっと自力で暮らす事ができるという保障はないものかしら?
神仏が守ってくれるということはあるのかしら?
どちらもあるとは言い切れない!

少なくとも、ここに来られてる、御病気で日常生活が困難になられた方は、うんと優しくて、人間味溢れる、好感度高い方達だもの。
そして身近には、実兄もその一人。この兄に助けられた人は数えきれない。私の事もだけれど、自分の事より、まわりにいる人達に心砕き、気配りしてくれる人。
自分にも厳しい人だから、甘い言葉で飾ることはなく、厳しい直球を投げてくる事もあったけれど、大事な所でいつも手を差し伸べてくれる頼りになる人だったから。
病気になった今でも、申し訳ない位心にかけてくれる、人情味溢れる人。

『神様仏様!どうぞお願いですから、利己主義にならず、一生懸命生きる努力をしてる人には救いの手を差し伸べて下さいませんでしょうか』

私、いつまで、困ってる人達のお世話をさせてもらえる側にいられるかしら?
介護の世界で仕事をするようになって、以前より強くこんな事を考えてしまうのです。
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