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一年生になったばかりだもの。

「麻生小学校」のブログが、私の書くここに訪問して下さって、どこにある学校かは知らないけれど、公立かなと思われるので、娘の子供と共通部分もあるのでは!?と、興味深く拝見した。
上下揃いのジャージで過ごす事が多い様に見受けられるけれど、紺の制服姿のやはり、4月8日の入学式の様子もアップされていた。

私の小学校時代は、「町立の小学校」だったけれど、上だけ紺色制服があって、通学時は着用し、帰宅したら家着に着替えることになっていた。
外でみんなと遊ぶ時、ランドセル置いただけじゃなく、着替えもしてないと『けじめがない』と叱られたし、着替えてないと家に帰ってないと言うのが、他所の親にもバレてしまうのだった。
だからだろう!これは今も、外出から戻るとすぐ着替える習慣として残っている。

私用でも、ややきちんとした服装で外出しなければならない時は、地域の学校の制服だから、この格好で良かったのは、特別着を用意しなくても一応恰好がついて重宝だったし、親も余計な出費を抑えられて助かったのではと思う。

ただ、時代背景もあって、学校の後習い事学習塾と忙しい現代には事情も違ってきてるでしょうが・・・

娘達の通った「市立小学校」は、白体操服に、吊りひものひだスカートをはいて、上着は緑のジャージというのが決められた服装だった。スカートの下には、紺ブルマー(パンツ型)着用で、(えっ?これが制服)と思ったものだ。
この格好が制服と言うと、母や姉達から不思議がられたりもした。

これにはこれで意味があった。
体を動かす事に熱心な校風で、学校に着くとスカートと上着を脱ぎ、そのまま体操の格好になり、外で遊ぶのが朝からの日課だった。
なるべく『裸足』!
校長先生が朝礼や、行事でみんなの前でお話なさる時も冬の寒い時期も『裸足』だった。
朝礼の後、昼休み辺りに『柔軟体操を含む運動時間』があって、毎日するものだから、どんどん体が柔軟になって、開脚胸ペッタンや、えびぞりブリッジからの立ちあがりなど、高度な事もスイスイできるようになって、驚きだった。

6年生になって『奈良・京都』への修学旅行もこれー!!!???
ってことで、これ又驚きだった。
京都の町で、他の学校から、緑ジャージのイメージから『バッタ軍団』と冷かされたという。
子供達は、どんな思い出かわからないけれど、一時期芸人さん達が、体張ったバラエティなどで、同じ様な白線が一本入った緑ジャージを着てるのを見た時には『バッタ軍団』を思い出し、(何でこれ着てるんだろう?)って、妙に意識してしまった。
スカートはきっちりしたひだスカートだったから、やや改まった所もOKだと思ったが、緑ジャージは考え物だった。
次女の時から、修学旅行の服装はジャージでなく、私服の上着が許されるようになった。

制服万歳!だったり、不要意見もあったり様々でしょうが・・・
100回目の新入生という、誉嬉しい区立小学校の1年生になった孫くんは、制服というものは無く、紺の帽子だけがお揃い。

つい先頃まで、保育園生だったから、当然大人の送り迎えが必要だったのに、急に一人でいいの???
なんて、老婆心、いやいやほんとにババ心配。
朝の見送りはしてやろうと、マンションの下に下りてくるのを待って、途中まで一緒に行った。つい先ごろまでそうだったから、保育園時代のお迎えの時の様に、手を繋いだら、ちゃんと応じてくれたのだが・・・
家に帰ってから、ママに「手をつなぐのは恥ずかしい」と言ったそうな。
「せっかく一人で頑張ってるから、遠くから見守ってやって!」と言われた。

そうか!?
成長してるんだー。(察してやらねば!)
それで、翌日からは、少し離れたバス停辺りで、ばれない様に見守る事にした。
何だか、走ってる。
次の日は、途中で横道にそれて離れた所からのつもりで、前を歩いてる同じ帽子の子達の中にいるかと、目で探しながら歩いていると、私の後ろ辺りにいた。
この日は、保育園時代の友達と信号待ちで一緒になり、嬉しそう!!!
良かった!友達が一番だもの。
二人は手をつないで、元気良く横断歩道を渡って行った。
今日は自転車を引いてる、学校の父兄の方と思われる(保育園時代の知り合いのお父さんかな?)方とお話しながら、小走りしてる。

私のしてる事って、身内じゃなかったら『ストーカー』行為???
べろべろ可愛くて、はらはら心配なのです。
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