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敢えて伝えたい『感謝』

友達ってありがたい
きっと、誰しもそう思ってると思う。
四六時中24時間感じてるわけではないけれど、時にふれ折りに触れ、心からありがたく嬉しく思う時がある。
友人とは、自分達の意志でお互いが大切に作り上げた関係だから、生まれた時からの必然的な肉親家族との人間関係とは違うものがある。

人と人が、コミュニケーションをとりあえるのが幸せと感じてる。
コミュニケーションを取り合うから、友人関係が深まるって事もある。
”一人で生れ出て一人で死んでいく”のが人間だから、所詮一人なんだと言われたことがある。
(そうか?そうかもしれない!)なんて思ったりしたこともあるが・・・
一緒に行動していて、気持ちが楽でいられる人間関係がある!って凄い幸せな事と、若い頃よりずっと強く感じるこの頃。

思い返せば随分と、元は他人だった人に助けられたり、反対に『ありがとう』を言って貰ったり。
死ぬ時は一人で良いけど、生きてる間は一人じゃ嫌だと強く思う。

友人宅に居候して、楽しく過ごすことができた今回の連休。
一番の友と思う。会社員時代、旦那様も同じサークル仲間だったのも幸いして、不自然な緊張感がないのもありがたい。
(私が勝手にリラックスしてるだけ・・・かな?)
そして友人夫婦がべたべたしてないけれど、仲がいいのがこれ又ありがたい!

お邪魔してる時、結構気合い入れて『じゃんけん』してるから、「何してんの?」って聞いたら
「お風呂掃除どっちがするか決めてるんだよ」だって。
「ぎゃー仲良しジャン!いいなー」って、思わず言っちゃった。
結局Mちゃんが負けたのに、旦那はんがやってた。これが又好い所。

一見、明るくって口達者なMちゃんが、家の中牛耳ってるように見えるが、違うんだなー。
私と一緒にお喋りして夜更かししてるのに、朝早い旦那様の出動に合わせて、早起きしてちゃんと送り出しをしてる。
余分な事言わない、どっちかと言えば口数の少ない旦那はんだから、口では強気な事言うMちゃんが勝ってる様に見えるけど、違うな!
さりげなく立てている。今は亡き旦那はんのご両親の事も、愚痴った事さえ無い。
「Mちゃんが好い人と結婚してくれて良かったよ!」なんて、自分勝手な発言をすると
「そうでしょ!ありがたいと思いなよね」と言いあえるなんてのも、私には嬉しい。

名バスガイドの姐さんとの家族同然の仲のきっかけは、今回聞いた。

☆ちょっと、話がそれますが、この人の凄い所是非人々に知らせたい思いにかられてます!
ベテランの名バスガイドさんの凄技!を初めて知りました。
昨年の『上高地』へのバス旅行の際、私達に向けて、今走ってる所の案内がとても上手で感心しきりだったのですが、同時に運転手さんにも道案内をしてたのですって。
(運転手さんが必ずしも道に詳しいとは限らないけれど、プライド高い人が多く、あからさまに道を案内しては機嫌を損ねてしまうことがあるらしく、お客様にガイドしてるように話しながら、運転手さんに確認をしてるのですって!!!)
何でもですが、プロの仕事って測り知れない凄さがあるのですね。☆


結婚した時の社宅が隣同士だったそうで、それからの付き合い。

お互いそれぞれの実家が遠いこともあって、助け合う事が多かったという。最初は玄関から出入りしたものの、いつの間にかベランダの仕切りは解放し、子育て時代は、赤ちゃんのお風呂は入れあったり、ご飯はあっちで食べたりこっちで食べたり。はじめての子供が生まれた時から、すでに兄弟がいるような環境の中で、子供同士も行き来して、家族の垣根のない、あったとしても、子供でも跨げてしまう位低かったんだと想像できる。

団地も一緒なのは、先に姐さんが決め、「おいでよ」と誘われて、これ又都合よく抽選に当たり、ずっと関係が続いてるってことだそうな。
双方の見せないさりげない気遣いや努力もあって、長い間ずっといい関係を保ってきてるんだと思う。

Mちゃんと姐さん、見ていてすごく自然にお互いの事言い合ってる。旦那はんがそこにいるのも自然。料理してる間、姐さんと旦那はんには先に飲んでてもらったり、そこに息子君が参入しても自然に会話が進む。

愛知に住んでた時は、私は車を運転してたから、少々離れた所に住んでいたけれど、ちょくちょくお邪魔してた。
子供達も『Mっちゃん』『Mりちゃん』と呼び合う私達と、同じ呼び方をしあって、なついてた頃もあったけれど、姐さん家族程ではなく、私も姐さんはMちゃんの大事な友達という、一つ間を置いた存在だった。
だから、今回の様にはるばる来たからって、忙しい身でありながら、時間を融通してドライブに誘いだして下さったことが、嬉しくてありがたくて、感謝感激中。
ちょっと間が縮まったと思ってもいいかしら?
住んでる距離は随分離れてしまった今だけど、私が居候してると、Mちゃん家の子供達は、きっと顔を出してくれる。
同居の息子君も話をしてくれる。
なんてありがたい事でしょう。

私が遠くに住むことになった時から、今もずっとずーっと欲しいものは、ドラえもんの『どこでもドア』

忙しくても、会おう!会いたい!と思える人が近くにいて欲しい。
近い距離には、そう思ってくれてる人がいる実感がないのが、寂しい。

寂しい時は、ちょっとした事でもとても愛おしい。
昨夜、愛知の恩人、親と同世代のT夫婦からお電話があった。
近くに住む娘さん家族のサポートがあるものの、お二人で助け合いながら、仲睦まじくお元気でいて下さる事が、まずは嬉しい。
私の人生で、結婚よりも何よりも、大きい苦痛を伴う決断をするに至った時、心から心配し、力になって下さり、励ましてもくれたし、泣かせても下さったありがたい人達。
この時は、心配のあまりからであるのはわかったが、ただ引き留め、思い直す様説得ばかりで、冷静に広い心で私の気持ちをきいてくれなかった今は亡き母よりは、ずっと素直に気持ちを吐露できて、どんなにか支えになった事かと思う。
具体的な応援もして下さった。

私には、思いもかけない、想像もできなかった人生の転機があったからこそ、こんな時、身内よりは、他人の信頼できる人の方がありがたいということがあることを知った。
恩返しには程遠いけれど、せめてもの気持ちで、こちらに住むようになってからはずっと『母の日』には、おばさんにありがとうの気持ちでお花を贈りつづけているのだが、それが届いたという電話だった。
おじさんは、92歳。
おばさんは、90歳。
このご夫婦もとても仲が良い。
おばさんは、私が愛知を去ってから、大きい病気を2回もされて、2回目は一ケ月もの間意識がなく、医師からは諦める様言われたという。お体が不自由になったところがたくさんあるけれど、それでもお元気な頃からの変わらぬ慈悲深い笑顔で迎えて下さる仏様の様な人。耳の聞こえが悪くなってからは、電話ではおじさんとやりとりをさせてもらってるんだけれど、そばにいらっしゃる息遣いがあって、「朗らかにやってるよ」と言われた。
おじさんのお声にも力が感じられ、体調を崩してはいらっしゃらない様で、嬉しかった。

あー、こうして私は、たくさんの人達に支えられながら生きてるんでしょうね。


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