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「森永ミルクキャラメル」が100歳ですって!

あのエンゼルちゃんがついた黄色いパッケージの「森永ミルクキャラメル」が生れて100年なんですってね。
ってことは、私の父や母、もっと前の世代の人も懐かしい思い出のあるお菓子なんですね。
私も大好きだった。

お饅頭、竹筒に入った水羊羹、寒天固めてあんみつも。
大判焼き(大判というには小さ目だったけど、おやつの名前で言うと、これでいいかしら?)も、一度に6個焼ける型があった。
「柏餅」作りは、朝から子供達も総出で手伝った。
洋風おやつの「プリン」「マドレーヌ」も。
母は、いろいろ手作りしてくれた。

小学生の読む月刊誌だったような記憶だが、「キャラメルのできるまで」が紹介されていた。
ミルクと蜂蜜とバターをこねた物が、工場のラインに流れてる間に、あのキャラメルになっていた。
どんな材料で作るのかさえ想像もできない子供だったから、「はちみつとミルク」が、固まりになるなんて魔法の様に思えた。
それを知って、たくさん食べたくて、母にせがんだけれど、特別な機械がないから、あんな風にはできないと言われて、たまーに買って貰えるのを待つしかなかったから、なかなか食べられない代物だった。
昭和30年代は、¥10の小さい箱と、¥20の縦長の箱入りがあった。特に大きい箱の方はめったに買って貰えなかった。

あの縦長のキャラメルが、5箱入ってる大箱があったのを覚えている方いらっしゃると思うのですが・・・!
多分小学校低学年の年のクリスマスの朝、枕元に大きい黄色の箱が置いてあったのです。
中には憧れの大きい方のが5箱入っていた。嬉しくてこのクリスマスプレゼントは、今尚覚えている。
キャラメルの事、相当周りのみんなに話してたのかもしれない。
大人になったら、自分で買おう!と思っていたんだけれど・・・自分で好きに買える様になってから、見かけない。
いつの間にか、他に美味しい物、目新しい物たくさん出てきたから、キャラメルに特化しても、採算がとれないかもですね?

「チョコレート」だって、板チョコが主流だったのが、カラフルにコーティングされた「マーブルチョコ」になったり、アーモンドやらの粒入り、お酒の入った物等々、何でもアリの、お菓子天国状態の今ですもの。
その中で、生き残ってるって事が素晴らしいですね!
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