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残暑お見舞い申し上げます

どっこい生きてますが、この暑さにやられそうです。
毎日毎日、暑くて熱くてアツくって、他人様との約束が無い限り、家でダラダラしています。

書いておこうと思うことはいっぱいあるのに!あったのに!この「ブログ」に長期休載期間に入ったらしい広告がくっついてしまう程なまけていたとは・・・。

そのくらい自分だけの関わりの事は見ないふりして、怠惰に生息してますが、一応朝のウォーキングは続けてます。

小学生が夏休みに入った日から7月31日までは、護国寺の境内で催されたラジオ体操に、なかなか起きられない一年生を誘って、通いました。
袈裟をかけたお坊さんがラジオ体操するのを初めて見ました。
元気に体操してるのは、小学生じゃなく、昔青年だった方々でした。
体操に適した白シャツ、白ズボン、白いキャップ帽子姿で若々しい動きでした。

ラジオ体操って、日本人なら誰でも知ってるという素晴らしい国民的体操。
それなのに、我が家の一年生の頼りない動き、加えてヘタッピ。
あれっ?自分はいつからできるようになったかしら?
いつ覚えるんだろう?小学校に入学したら朝礼やら、体育の授業でやってるはずと思うけど・・・
周りでは、うんと小さい子はともかく、ちゃんとできてそうな子供もいた。

8月に入って、婿殿の父上のお家がある出雲へ旅立つ娘家族に同行し、仕事の為、娘夫婦は子供達を置いて先に帰った為、幼児シッターと食事担当として残った。
3.11震災直後子供達が非難させて頂いた時も、手が足りないので手伝いに出向き、それ以来の訪問。
同じ位のあちらのお孫ちゃんたち、子供達にとっては従妹従弟が集合しての楽しい1週間だったはず。

『神無月』の10月は、出雲大社に全国の神様が集まる為、この地は『神有月』というらしい。その時まず『稲佐の浜』にお着きになり、この浜から大社に向かうと聴きました。この浜に続いている浜辺が、家からすぐなので、子供達は家で水着になって、ここで遊んで、濡れたまま帰ってくるのです。
今年の夏の大雨で、川から流れ込んだと言うゴミがたくさん打ち上げられていて、神の浜なのにいいのかしら?と気になる程のゴミでした。海の水はきれいでしたが。

勿論『出雲大社』にお詣りしました。前回の滞在時は工事中でしたが、今年は60年ぶりの遷宮の年。観光客が断然増えていて、外国の方達の一団にも会いました。

夜は、マンション住まいでは不可能な花火遊びをし、庭のデッキでバーベキューもして、普段出来ない事満載の日々でした。

花火の後、空には満天の星。子供達が一段落した所で、浜辺に散歩。
暗い夜でも波頭は白く見えて、寄せては浜に白い弧を描いていた。
幼き日、母が教えてくれた『北斗七星』は一番初めに覚えた星座。この日も良く見えた。

大社の裏山をクネクネ峠越えをすると、良質の銅が掘り出され北前船で栄えたという、海辺の集落があって、そこの鵜鷺(ウサギ)湾内クルージングにもお連れ頂いた。
モーターのついた漁船に前3人後ろ4人という人数で乗り込み、船頭さんが船を繰り、岩でできた島にも立ち寄り、船で入り込んで見た洞穴を裏から登って案内してもらったり、何と言っても、眼前に水平線が横一本に伸びる日本海の深く碧い海。それに向かって進む船べりすれすれまで波が立ち、その波が今にも飛び込んできそうなハラハラ感があって、スリル満点!

最終日は父上が子供達を虫取りにお連れ下さり、トンボを捕えたと自慢げに帰ってきた。子供達は夏休みにしたい遊びを全部したくらいの楽しい一週間だったと思う。

縁結びの空港まで送って頂いて、二人の孫を連れ帰京。
小1と年中幼児、自分の物はリュックに背負わせて、私もリュックをしょって、大きいトランクは、出発の空港で20キロまでの荷物一個に付き、プラス¥1000で宅配してくれるサービスがあると、娘に言われていたので、それを利用したから、子連れでも楽勝で帰ってこれた。

翌日からはこの頃の自分の通常に戻り、仕事。
この仕事が7月から始まったもので、シフトが定まってなくて、いくつかあるお受験対応型託児校のどこに組まれるかわからず、まだ戸惑うことの多い勤務なのでして・・・

その都度書きとめておこうと思うほどの色んな事があり、けど家に帰ると、
あついよ~。もうダメ。
それでも食欲だけは衰えず、食べたらゴロリ。活字を読みだすとウトウト。

そんなこんなの日々を送っていたので、すっかりご無沙汰となってしまいました。
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