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『しあわせ』って!?

このところ、書き込みが間遠くなってしまっていて、気付くと、1か月以上更新無いと貼りつく広告がくっついてしまってる。
それなのに、毎日どなたかが訪問して下さってるとはありがたく、書かなきゃと励まされてる私です。感謝


悶々としてることがあった。

昨年の5月から毎週木曜日の夜、通算40回の手話初級講習会がこの度修了となった。
時々サークルにも顔を出したりして、手話が必要な人達と交流する機会をもてるようになった。
指文字は、初めて『ひらがな』を読み始めた幼い子供の、たどたどしい雨だれ読みにも似た表現がやっと。
使いこなしてる人達のは、早くて読み取れない。
それでも、一つづつ少しづつ分かるのが嬉しくて通った。

『夜の部』は、仕事や学校を終えてからだから、忙しく参加して忙しく帰る人達が多い。
40人で始まったが、毎回顔を合わせられない人、途中で止めてしまった人もいた。
講師先生の配慮で、時々クラス内の席替えをして、なるべくたくさんの人達と隣同志になって、親交できる様にして下さったから、全員何となく知りあいにはなれた。
何回かは、講習終了の9時から、交流会という「飲み食べ会」もしたが、なかなか参加できない人もいて、何人かは顔と名前が一致しない状況で修了となった。

講師先生もお勤めがあり、仕事終了後教えに駆け付けてくださるという忙しい方。
それでも、毎回の資料を作り、私が早めに出向いても、すでにサブ講師先生と教室の仕度万端整えて下さってた。
聾の方がサブ講師で付いて下さり、この方は写真撮影のベテランで、いろんなコンクールでいくつもの賞を取ってるくらいの腕前!
昨年秋には、「NHK みんなの手話」の早瀬憲太郎先生がお話に来て、交流会にも参加して下さるという、すごい光栄なことがあった。
その時の集合写真を、サブ講師先生が、私達受講生にプレゼントして下さった。
講師先生も教えて下さるありがたい方なのに、クリスマスなど、折々に自前でお菓子を持参して下さったり、本来教わる側がするはずの事を、先に気遣ってくださった。

最後に私達から、お礼の気持ちをプレゼントしたいと強く思ったから、若い人達に主導する様頼んでみたが、慣れてないのか?やり方がわからないのか?
これはだめだった。

結局、講師先生と同年で、東京オリンピックの年が誕生年という男性が、万事を進めて下さり、貼れるシールを渡して、次の会までにコメントを書いて持ってきてもらい、真ん中に集合写真のコピーを配置した色紙に貼って、仕上げて渡す事が出来た。
私は一人一人に同意を確認しながら協賛金を集めて回った。
お花は、花屋さんに知り合いがいるという、これまた私より年配の方が調達して下さった。

私は独自で、みんなの名前と顔が一致できるようにと思い、集合写真をイラストにして胴体部分に名前を書きこんだものをつくってみた。
それぞれの分をコピーして持参したかったが、2,3人の名前がわからないのと、一枚印刷した所で、インクが一色切れていると表示され、じゃあと、黒印刷に切り替えたのに動かない。原紙を持参した。
みんな「欲しい!」と言って、喜んでくれた。
中には、「どんな仕事してるの?お金とれるんじゃない!」と、破格のリップサービスまで添えてくれる人もいて、お世辞100%と分かっていても、ちょいと良い気分だった。
それで、交流会の場所に移動途中、コンビニでコピーすることにした。
モノクロ10円なのに、カラーコピー1枚50円!!!高い!!!
コピーを付き合ってくれた人達が、せっかくだからカラーにしましょうということで、カラープリントして、欲しい人に渡す事になった。
そもそもは講師先生達に差し上げるつもりだったし、欲しい方にもあげようと思ったが、先生以外には集金しながら渡してくれたので、丸ごと私の負担にはならずに済んだ。

これで、良い気分のまま一件落着!といきたかった。

サークルで一緒になる方が、サークルの時にしてという。
もう一人の方は交流会には不参加だったが、欲しいとは言ってたので翌週持参した。
10円玉一つ渡された。
一応言ってみた
「カラーにしたら、1枚¥50もしたんでびっくりしたんだけどね」と。
すると、もう一人の人も「えー!?高い」
あげく、私の顔が似てないとか、だれそれさんはもっとこうだあーだ・・・とか。
「最初から欲しい方には差し上げるつもりだったんだから、よかったらどうぞ!」と、10円玉はお返しした。

私のイラストが、たいした物じゃないことくらい分かってます。
お金にならない事くらい自覚してます。
押し売りするつもりは全くもってございません。
写真に名前が書き込めないから、同じ配置で名前を付けて、ほとんどの人がこのまま『中級コース』のクラスメートとなるし、名前で呼び合える様にしたかっただけですから。

50円!別に儲けで付けた値段じゃない。コピー代のみ。

良かれと思って一応時間裂いて努力したことが、水の泡どころか、泥んこにされてしまった気分になっちゃった。

もうしない!!!!!
中級クラスが始まるまで会えないけど、欲しいからその時にと言って、コピーが間に合わず帰ってしまった人がいる。
頼まれたことに返事した以上、実行するのは当たり前と思っているから、この事忘れていない。
けど、またおんなじ様な思いをするかもしれないと考えてしまう。

こんな思いすることが、実は時々ある。
誠実!正直!真面目!あーやだやだ・・・
でも、植えつけられて、成長してる今さら抜けられない。
言ってしまった事を、やらずにいると約束破りしたようなイヤーな気分になってしまう。
その上、目の前で起きてることに、目を外せない。
以前、電車内で、一乗客の女性の乗り込み方が悪いかったということで、「ブスのくせに・・・」と許しがたい暴言を吐くクソおやじがいた。どうみても、このおやじが勝手に機嫌悪いだけ。うっぷん晴らしの犠牲にされた不幸に遭遇したこの若い方。大衆の面前で心傷ついてるのが見えるのに、何にもできなかった自分を、今も時々苦々しく思い出す。

あーあ・・・めんどくさい性分。
親切の度が過ぎてる???ただのおせっかいレベル???

あーあ、やんなきゃ良かった。
こんな気分がこのところ心の澱になって、消化しきれないでいた。

さて、先日の朝ウォーキングでの事。
ついさっきまで傘が無くてもいけそうなミスト状態から、小さいけれど雨粒状に変わり、濡れて歩くにはやっかいな雨模様。
地下鉄を出たら雨になってた!って風で、傘がなくハンカチを頭に被せて急いでる女性が目の先にいる。
小走りして「途中までだけでも良かったら」と、傘を差し掛けると、
「あー嬉しい。今日は一日良い日になりそうです」と柔らかいけど、しっかりした声で言われた。
このような言葉でお礼を言われた私も、とても良い気分になった。

『しあわせ』って、
貰うものじゃなくて、感じるものかもしれないって思う。

「しあわせ」とか「ありがたい」とか、同じことに出会っても、同じことをして貰っても、自分に感じる心を持ち合わせてなければ、無き事ですもんね。

できるだけ、お節介にならない様に。
気が付いたんなら、そして、できる状況なら、する方がいいに違いない。

伝わる人もたくさんいるはず。
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