スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

夏休み終盤

 夏は、夏休みと共に終わりかけています。日中はまだまだ暑いのですが・・・。
 
 シャゴシャゴと賑やかに鳴く、「くまぜみ」(これは、神奈川県が北限だとか?この頃は東京でも生息してると言う事を、新聞の記事で知りました。)・・・私は静岡県育ち・・・泣き声から、「しゃごしゃご」と呼んでいました。この声が収まりかけて、体半分以下で細身の「つくつくぼうし」が鳴き始めると、(休みは終わるぞ!宿題すんだか?)的な、切ない気持ちにさせられました。今もこんな気持ちになるのです。
 
 夏休みと言えば、井戸に吊るして冷やしたスイカを、縁台を庭に出して兄妹で、種をまわりに飛ばしながら、競争で食べたことが一番の思い出です。これも、お盆過ぎるとやや二番生りに移るので、おいしいのは、夏休み真っ盛りの頃。
 
 夜、神社の広場に、母、姉妹、近所の人達と盆踊りの練習に行った事。途中にある小さい川の草むらから、蛍が飛び立つのを見た事。草に止まっている光は、へびの目かもしれないから、団扇や棒切れで探ってから、いきなり草むらに手を入れてはダメと言われてました。(真意の程は分かりませんが・・・)これも、お盆の本番が終わるとおしまい。
 
 七夕は、8月の7日に、笹飾りを飾って、一月遅れでした。里芋の葉っぱにたまってる、朝露を集めて磨った墨で、短冊を書くと字が上手になると言われてました。シュロの葉を細く裂いてひも状にした物に短冊をつるしました。畑で獲れた野菜や、果物を供えてました。父はスイカを生らせるのが、上手だったようで、スイカは必ずあったものです。他にも、梨、桃の木もあったから、いっぱい並べて、後が楽しみでした。
 丁度天気が良いと、星が山の端まで無数に光っていて、天の川も見えました。母から一番最初に教えてもらったのは、北斗七星でした。
 翌日朝、小学生の低学年頃まで、隣り村との境にある川に笹飾りを流してました。だから、本当に、川を流れながら、天に上って願い事を叶えてくれると信じてました。川に物を流すなんて、今では許されない事ですが。しかし、これは、大人達が、ちゃんと回収してくれてたことは後で知りました。この川の下流の浅くて目が届く場所が、地域の小学生の遊泳場所に指定されてましたから。そう、この川遊びも、大人達が、順番で、監視当番をしてくれてました。
 
 小学生の高学年は、夜「肝試し会」があって、二人一組で、懐中電灯を頼りに、お寺を回って、農道を通って、広場に戻るっていう順路だったと思います。大人達が要所要所で、見張りをしてくれてました。組毎に時間をずらしてあるも、順路が同じなので、物陰に隠れて、次の組を驚かせたりなんて事を、したり、されたり。
 前の組と一緒になって、次の組を驚かそうと、木の裏に回った時、古井戸に落っこちて肝が冷えたこと。今も、ヒヤッとした感触と共に思い出す事があります。埋もれかけていてそんなに深くなかった事と、水もなかった事と、とっさに縁に肘を張って全身が落ちないように踏ん張って、引っ張り上げてもらい、命拾いしたのですが・・・。
 
 今思うと、随分自然の中で、遊ばせてもらったり、冒険的なことをしていたんだなーと感じます。そしていつも、親や地域の大人達の目があった様に思います。

 期間が長いし、日が沈むのが遅く、たっぷり外遊びができた夏休みは、冬・春の休みより、断然思い出が多く、なにかにつけて良く思い出すのです。

 今の私も夏が好きですが、否応なく仕事で外歩きしなきゃならないのと、子供の頃の様に無邪気に元気でなくなってるから、時々暑さにへこたれそうになってしまいます。
 子供の頃、夏が(夏休みが、かも?)終わってしまうのが、涙が出そうに嫌だったのに、今は暑い夏から逃げ出したい日の方が多くなっています。
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。