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色々ありました(芝浦)

 「有楽町」でJRに乗り換えて「田町」下車。芝浦口方面に出て、この頃は東京ガスの丸いタンクのある脇の道を歩いて事務所ビルへ。後に、久しぶりでこの辺りを歩いてみたら、土壌改良工事中で、丸タンクの姿は消え、工事壁に囲まれ、ショベルカーやらの作業車が動き回っている様でした。
 
東京駅から品川までは、在来線と新幹線が平行して走っていて、通勤はこの区間の間にあり、新幹線を見ては、愛知の友人達に会いたいなと思う事がしばしばでした。
 隣りの「浜松町」から、「羽田」までモノレールが通っていて、この辺りから、海側にグーンと方向を変えるポイントエリアであり、特殊なロケーションだったのかもしれません。訪問を終えて、事務所に戻る際、撮影ロケに出会う事がありました。
 
 背の高い女性だなと思ったら、サトエリこと「佐藤江梨子」さん。モノレール高架下の歩道街路樹の木陰に佇み、撮影チャンス待ちの様子でした。すぐ脇を歩いたのですが、その時は、何かでお見受けしてる方だなと思いながら、まだ肌寒さの残る頃、真夏の格好だったからか、長い足の肌の色が良くなくて、気になったのが印象に残るというものでした。
 
別の機会には、事務所の入っているビル隣りの公園で、ロケ中の休憩らしき折、「宮本信子」さんをお見かけし、映像やお話されてる事から想像していた印象より、ずっと小柄で華奢な方と思いました。確か、「マルサの女」撮影の為、自動二輪の免許を取得された時の事を「徹子の部屋」で話しておられたと思うのですが、ご主人でもあり監督の「伊丹十三」氏は、完璧主義の方で、バイクに乗る場面も本当に乗れなければならぬと言われ、教習を受け試験を受けたのだとか。 大型バイクの試験は、まず、自分の乗る排気量(確かナナハンって奴)の、倒してあるのを自力で起こす事ができなければその先に進めないと、話していたのが残っていたので、もっと体格の大きい方と思っていたのです。凛とした美しさをお持ちのすてきな女性です。

 ドクターイエローに遭遇したのが2回。何だか嬉しくなったのです。めったに出会える物ではないらしいのです。フリーになったジャストミート「福澤アナ」氏が、鉄道にとても詳しい様で、何かの対談で話してました。新幹線の線路や架線の状態を確認の為、日程は未定で走らせてる、全車両ボディ丸ごと黄色の新幹線。
 「幸運列車!」と私が決めました。何か良いことあったかどうかは、印象にないけれど、その瞬間はとてもラッキーな気分になったのだから、やはり幸運を運ぶ列車です。

 この頃、首都圏にもIH(インダクション ヒーティング)調理器が普及の時期とも重なり、一番忙しくしていた様に思います。
 関西圏は、阪神淡路の震災があった事で、災害時には生活インフラ(電気、ガス、水道など生活に必要な公共公益設備)の中で一番復興が早いのが「電気」というのが、浸透している影響も大きいのか、普及の波の広がりが早かったと聞いてますが、首都圏は急激に電化が進みすぎると、供給が間に合わなくなるとまずい事になるというので、猶予が必要だったと聞いてます。
 
東京電力が、オール電化を推し進め、巷にCMが大量に流れ、それに伴い新しい調理器であるIHの注目度が高まり、特徴を知って頂く為に、住宅説明会会場、展示場、工務店などのイベントで調理実演して広く宣伝する事となり、訪問説明だけでなく、実演会の手伝いもする事が多く、休日返上の日々でした。
 この時期があったので、機能を実際に確認実感する事ができ、机上の説明でない、使う人の身になっての詳しい案内ができる様になったと思います。メニューも考える必要があり、ここで、料理が好きという事が大いなる助けになりました。
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テーマ : ひとりごと - ジャンル : 日記

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